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「規制緩和と痛み」

 長引く不況に失業する人が増えて心が痛みます。「いのちの電話」が中高年から受ける相談で、ここ数年ひんぱんに出てくる言葉は「やっぱり私はだめなんだ」という一言だそうです。若い人がそれなりの生活スタイルを生きようとして離職するのであればそれもよいと思いますが、家族を抱え、辛い思いをこらえて懸命に働いてきたサラリーマンが、ある日突然、倒産やリストラで職を失い、途方に暮れるのは痛ましいことです[1]。

 マスコミは「規制緩和には痛みがともなう」とさらりといいます。しかし、どんな痛みが誰にふりかかるのか、その人達はどうすればよいのか、国なり社会はその人達に何ができるのか、についてはっきりいう人は政治家にもマスコミにもあまりありません。マスコミは官僚の腐敗、政府の無策を非難するばかりです。どの政党もが何十兆円もの公的資金の投入を、恒久減税を、の大合唱です。アメリカやアジア諸国からは日本の消費を増やせ増やせと迫られ、景気回復のための対策はアクセル全開です。この間まで紙面を埋めた、スリムな政府、財政再建、生活のむだを省こう、という話は影がひそめ、消費者のひもをいかにゆるめさせるかという話が盛んです。次世代負担、年金、介護、地球環境、リサイクル、省エネルギーの議論はどこかに押しやられたまま。これら大きな課題はそっくり残され、関係者は変わらず懸命に取り組んでいてもニュースにならないのです。

 為替取引やデリバティブ(金融派生商品)も経済の「変化」を糧にする商売といえるでしょう。実態経済とかけ離れた短期の投機資金の移動で為替レートが何割も高下し、売買のタイミングをはかって儲ける「ばくち」に近いビジネスに思えます。為替レートが下がり「市場の信認を得られなかった」などと報道されると堅気の筆者は違和感をおぼえます。

 マスコミや金融は世の中の「速い変化」を商売の糧にしています。しかし日々に変化する部分は社会全体のごく一部分です。会社でも家庭でも昨日とほとんど変わらぬ今日の生活を営んでいます。盆踊りやお祭りが今年も催されています。生活スタイルや考え方は年とともに変化しますが、おやじの世代が子供の世代にずれを感ずるように十年単位のゆっくりした変化です。そして社会のこの部分が健全に保たれ、そこに生活する人たちが何とか暮らしていけてこそ持続可能な安定な社会が成り立つと思います。人形町の甘酒横町を歩くと、昔ながらの「つづら屋」、ガラス引き戸の呉服屋、店先でせんべいを焼く店などがあって懐かしいのですが、このような店が今後ともやっていけるかなと心配になるのです。

 古典的なプロセス制御の技術に「比例制御(P)」、「積分制御(I)」、「微分制御(D)」というのがあります。合わせてPID制御といいます。P動作は、例えば人口が1割増加すれば食糧を1割増産するという制御です。I動作は、比例的な制御を行っても、調整が不完全な場合、生じたズレの「累積量」に応じて制御する方式です。またD動作は、人口増加の傾向が認められたらその度合い(微係数)に応じて食糧増産の手当てをするといった方法です。

 状況変化への対応を速めるために微分制御は大変有効なのですが、微分制御に過度の期待をかけてはならないとされています。D動作が大きくなりすぎるとシステムが不安定になり、コントロール不可になってしまうのです。システムの規模が巨大になったりアクションが遅い場合、システムは一層不安定になり暴走する危険もあります。経済もシステムですから同様に振る舞います。経済のグローバル化で規模が巨大となって、今や一国の経済政策だけではコントロール不可能な状態と思われます。世界の実需が年間十兆ドル程度というのに、一日一兆ドルのマネーが動くといいます。為替の短期の変動を材料にマネーゲームをやられては実態経済の安定はおぼつかないでしょう。

 楽観的な規制全廃、自由放任では実態経済、社会の安定は期待できません。しかし経済のグローバル化は世界の流れであり、そこで日本が生きていくためには規制緩和は避けて通れません。物をどんどん作って世界に売りまくる時代でもなくなりました。このような状況にあって私たちは何を覚悟し、どのように対処すべきかについて、大胆な予測と筆者の思うところを2,3述べてみます。

1.

規制緩和で才覚のある大金持ちが増える一方、最低所得層は今までより広がるでしょう。普通のサラリーマンにとっては所得増は期待薄で、下がるかもしれません。倒産、失業も増えるでしょう。

2.

一方、国のなすべきことは規制緩和を一層すすめて、個人が義理つきあいを減らせば、低収入でも暮らしていけるような環境を作ることです。失業者が即「食い詰め」、「生きる望みを失う」のではなく、切りつめれば生きていける社会を作ることが急務です。なお、それも不可能な弱者には「安全ネット」を用意しなければなりません。「安全ネット」は国民国家の最大の役割です。これを維持するためには「入国管理法」の規制はやめられないでしょう(図)。

3.

私たちの心構えとしては、まず失敗、失業、転職、収入減をおそれてはならないと思います。好況を伝えられる米エレクトロニクス業界でも減益、リストラのニュースが多いのにおどろきます。離職者たちは生活を切りつめてまた次のチャンスに挑戦するのでしょう。日本の現状を表す「Nurumayu(ぬるま湯)」という英語があるそうです。そこから飛び出す勇気がなかったらとてもベンチャー創業はできません。収入が半減するとたいていの人は生活できないと思うでしょう。しかし、派遣添乗員、非常勤講師、プロスポーツの下積み、外国人留学生など単純労働でない仕事に携わる人たちは、企業サラリーマンに比べれば格段に低い収入でがんばっています[2]。「給与が低すぎる」という理由で再就職をためらう中高年の話を聞くと心もとなく思います。

4.

企業では量の拡大だけの経営が行き詰まることは確実です。物を作らずにどうやって3%程度の成長を実現するのか。それが日本の、そしてプリント板業界の最大の課題です。そのイメージはまだはっきりしませんが、開発、設計、品質、サービス、メンテナンスが大きなキーになることは確かでしょう。これらについて次回以降考えてみたいと思います。


[1]「いのちの電話」は自殺防止を目的にした電話相談(日経98.7.20)。また「過労死110番」の電話相談では遺書に「私の能力が足りなかった」と残すサラリーマンが多いということです(日経98.7.25)。
[2]国内旅行の添乗員は年収は経験5-10年でも300万円そこそこ、新人では200万円以下。それでも添乗員になりたいと希望する女性が多いそうです(日経98.7.27)。

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