JPCA NEWS 1998.10

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号

「知的財産と大規模回路ブロック」

 最近、知的財産権という「こなれない」日本語がよく新聞、テレビに出てきます。知的財産とは特許、ソフトウェア、音楽、映像など、これと指差せる「物」の形はとっていませんが、それを作るには大変な知識、センス、労力と費用がかかる「もの」です。ただしこれをコピーするのは簡単で、費用も最初に作ることから比べるとただ同然なので、コピーして売ればぬれ手に泡の大儲けができます。このようなずるいやからから創作者を保護しようというのが「知的財産権の保護」です。

 東南アジアで日本のゲームソフトや映像のコピーが問題となっています。しかし日本でも戦後、お金もなく海外からの情報に飢えていた時代には堅気の先生や研究者も学術専門書のコピー(海賊版)にずいぶんお世話になったものです。さる先生が海賊版の専門書を持って原著者にサインを貰いに行き、ひんしゅくを買ったという、哀しい話もありました。今もコピーで一儲けという不埒な手合い(これは確信犯)や、人のソフトをコピーして何万円か節約しようというせこい人(多くは無意識で軽い気持ちの人)がいます。前者は文句なしに犯罪ですから法律に基づき厳正に対処すればよろしい。後者は境界がはっきりしないところがあり、個々人の考え方、その国の文化によるところが大きいと思います。その意味では「セクハラ」に似ているでしょう。お互い割に合わない危ないことはやめましょう。最近ロシアの政治・経済の危機が世界的な問題となっています。危機の真因は「低信頼性社会のもろさの露呈」だといわれます。信用を重視する市民社会の基本原則が存在しないまま利己主義が暴走しているというのです[1]。市場経済だ、規制緩和だといっても、基礎に「社会の信頼性」がなければ安定な社会はあり得ません。この記事では低信頼性社会の例としてロシア、中国、イスラム世界が挙げられています。日本でも一部に無法がまかり通っています。東大教養学部長が「学部から三悪を追放したい」と訓話しました[2]。三悪とは「万引き、ゴミのポイ捨てとカンニング」とのこと。日本も低信頼性社会に落ちるのではないかと心配になります。

 さて、知的財産は英語では"Intellectual Property"といい、「IP」と略しますが、同じ英語が電子機器の世界では別の意味で使われています。知的財産には違いないのですが、もっと狭く「大規模回路ブロック」や「価値の高いメガセル」の意味で使われ、単にIPと呼ばれています。

 半導体メーカーは今どこも大変な苦境に立っています。特に日本や韓国などDRAM主体のメーカーは最先端の64Mb製品の価格が急落して大きな赤字です。需要が伸びなくて売れないのではなく、メーカーが多すぎ供給能力の拡大が速すぎるのです。そこで半導体各社はDRAMなどのメモリー単体の生産から、システム全体を1つのICに組み込んだ超LSI(システムLSI)に活路を見いだそうと懸命です。その開発にIPが不可欠なのです。

 そもそもシステムとは「複数の要素が有機的に関係し合い、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体」(広辞苑)です。会社組織でも、人工衛星でも、生物の体でも多数の要素(人や部品)を集めるからこそシステムといえます。システムLSIはもはや部品ではなくなるのです。部品とシステムの違いは汎用性の違いです。部品は汎用性が命で、1個だけで終わりとなる部品は、部品というより作品というべきでしょう。一方システムとなると総じて汎用性が失われます。システムは特定の機能に強くても融通はきかないのがふつうです。システムLSIのメーカーはなるべく汎用性のあるシステムをLSI化しようと知恵をしぼっていますが、DRAM、マイクロプロセッサー、時計、ゲームほど量産の期待できる分野はあまりありません。テレビ、電話、パソコンなどすべてのディジタル家電を1個のLSIで共通に(したがって大量に)利用するといった壮大な計画(あるいは夢)もあるようですが、その実現にはかなり時間がかかるでしょう。筆者は多分そんな時代はこないと思っています。技術はたえず進歩し、社会もニーズも変化するからです。

 システムが巨大になると設計、開発し、その品質、性能を確認することは加速度的に困難になります。開発負荷は1+1が2ではなく4にでもなるのです。1995年から2010年までにASICの集積度は500〜600倍に上がる一方で、そのASICの動作、性能の検証時間は10,000倍にもなると予想されています[4]。そこでシステムを1から積み上げるのではなく、既存の性能確認済みの回路を部品として利用し、それを積み木のように組み合わせることによって思いのシステムを作っていき、コストの上昇と検証の困難を解決していこうというのが最近のシステムLSI開発の傾向になっています。この他へ応用可能な実証済みの回路のことをIPというのです。IP単体で売り買いする市場もできつつあります。しかし既存の回路ブロックを複数個1個のLSIに詰め込むだけでは意図する性能はなかなか実現できないようで、ほとんどの場合、部分的な変更が必要となり、検証が大変だということです。またIPそれぞれの中身がブラックボックスで、利用者には回路の動作がよく分からないし、売り手は知的財産権の守り方に腐心するということもあります。

 漢字や英語の単語も単独でそれぞれ意味を持ち、歴史を持っています。それを並べただけで何となく意味が通ずるようですが、長い文章や、入り組んだ議論を表現するのは容易なことではありません。システムLSIの難しさも似たところがあるのでしょう。それに比べて日本語の仮名まじり文というのは便利なものです。テニオハを単語の間に入れるだけで自由自在につながり方を変え、文章の意味を変えることができるのです。意味を持つ単語と、単独では意味を持たない仮名文字を組み合わせることにより思いのままに表現できるのは大変な知恵だと思います。言葉はあるが文字を持たない南米のある部族にカタカナを教えている外国人のインタビューが放映されました(NHK)。その人は世界のいろいろな文字を比較した結果、新しい言語を表現する文字としてカタカナが最適と考え、それを現地の人に教えているというのです。完全な一字一音(TPOによって読みが変わらない)文字は仮名文字だそうです。このような発想をし、それを実行するこの人はすごいと思いました。日本人が古事記、万葉集の頃仮名文字を開発したのも同じ発想からでしょうか。

 プリント板はどうでしょうか。「ただの配線でないか」と軽んじられたり、自嘲したりしていないでしょうか。筆者は、それ自体に意味を持つ漢字や英単語は半導体や能動素子に、そして単独では意味を持たない仮名文字はプリント板に対応させることができると思います。これらを組み合わせることによってどんな内容でも、いろいろなニュアンスで表現でき、システムでいえば検証が容易となり、時代に合わせて進化させられるようになるのです。そして、仮名まじり文でも漢字の少ない方が読みやすいのです。下手なシステムLSI化は、日本の男性知識人によって書かれた漢文や運動会のムカデ競争になりかねません(図)。「システムLSIと騒いでいるのは半導体メーカーだけ」という辛口もきかれます。いずれにしても全部がシステムLSIに取って代わることはなく、システムの柔軟性を支えるプリント板の役割が下がることはないでしょう。

[1]袴田茂樹「ロシア危機、低信頼性社会の脆さ露呈」(日経98.9.11)
[2]「教養のガイドラインを求めて」(諸君98/10)
[3]「システムLSIの理想と現実のギャップを埋める」(日経エレクトロニクス98.8.10)

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号


社団法人日本プリント回路工業会
Japan Printed Circuit Association