山にある神社やお寺の参道にはたいてい男坂と女坂があります。男坂は急坂で長い階段があったりするので上りも下りも疲れます。ひざを痛めることもあります。これに比べて女坂はなだらかで上がる高さは男坂と同じなのにずっと楽に登れます。階段を登って疲れるのは一段の高さが高すぎ幅が狭すぎることが多いようです。女坂では歩く人それぞれ自分に合わせて歩幅を調節できるので疲れが少ないのです。多少時間はかかっても景色を楽しめるのは女坂です。
レコード、テレビ、カメラや携帯電話はみなついこの間までアナログ処理の機械でした。今これらの機器はディジタル化がどんどん進められており、アナログタイプの機器は早晩姿を消すでしょう。プリント板業界もディジタル化の波に乗って急成長してきました。
しかし最近アナログを見直す動きがあちこちで出てきました。LPレコードについては以前から熱烈なファンがいましたが、最近はメカ式のクラシックカメラの人気が高くなってきました。エレクトロニクス技術でもディジタル一辺倒からアナログ回路の重要性が再認識されてきています。価値基準がゆらぐ今の社会の動きにもアナログへの回帰といえるものがあるように思います。1と0だけを組合せ、「論理」だけで積み上げ構築された壮大なディジタルの世界も、ミクロの物理的な動作はアナログに支えられています。技術の分野だけでなくアナログが見直されるのには、ワンパターンの成長が曲がり角にきた時代の背景があるのでしょう。男坂をディジタルに見立てれば女坂はアナログです。見上げるような高い階段とその先にそびえる山門だけに目を奪われるのではなく、それを巻いてなだらかに登る女坂にも目を向ける必要が出てきたようです。
ディジタル処理の最大の特長は処理を何段に重ねてもデータ品質の劣化がないことです。その理由は処理の前も後もデータは「0」と「1」の2つのレベルしかなく、中間がないからです。処理のミクロの過程ではノイズなどによって0.2とか0.7にもなるのですが、処理の都度整形し、0.2は切り捨てて0に、0.7は切り上げて1にするのです。ノイズの大きさが0.5以下にとどまっている限り処理を何回繰り返しても処理誤差は累積しないのです。
コンピュータでは信号は何百というゲートを高速でくぐり抜けますので、ゲートごとにわずかでも信号の劣化があると元通りの形で抜けて出ることが難しいのです。桁数の多い計算にはどうしてもディジタルコンピュータが必要になります。40年ほど前にはアナログコンピュータがシミュレーションなどに盛んに使われました。仕組みは大変巧妙に作られていますが精度は1/1,000(良くて1/10,000)程度で、お金の計算に使うことはできませんでした。お金の計算はもっぱらそろばんでした。そろばんは立派なディジタル計算器です。
電子機器にアナログ回路をなくせないのは、物理現象から人間の五感まですべてアナログの世界だからです。ディジタルのテレビも音楽も人はアナログで視聴しています。そのため電子機器は、外界との信号の出入りはアナログ回路に、複雑な処理を行うブラックボックスはディジタル回路になっていることが多いのです。テレビや携帯電話の電波は代表的なアナログですが、ディジタル回路も高速化して携帯電話並の高周波になると予測されています(表1)。その場合ディジタル回路でもアナログ回路技術が必須になるといわれます。また半導体パターンの微細化が進むにつれ耐圧の点から使用電圧を下げなければならないようです。ディジタル回路の電圧レベルは従来5Vが普通でしたが、現在すでに3V以下となっており、将来は1Vにもなると予測されています(注、表1,2)。そうなるとディジタル化する際の切り上げ、切り捨てのレベル差が非常に小さくなり、回路の工夫やノイズ対策などのアナログ技術が重要になってきたのです。電子機器メーカー各社はアナログに強いメーカーを傘下に入れたり、アナログ回路設計者の育成にやっきになっていて、「今年の最大の課題」とするメーカーもあります。