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「変わるということ」

 「ああ、川の流れのように、おだやかにこの身をまかせていたい。いつまでも青いせせらぎを聞きながら...」の歌詞はいつまでも人の心を引きつけます。日本人はむかしから、あくせく働きながらも心の底では人生をゆっくりと流れる川や雲にたとえ、そこに身をおいてこころ静かに暮らしたいと願ってきました。しかし世界的な経済混乱の中で、日本やアジア諸国では人々はきびしい生活を強いられ、将来に対する不安も広がっています。日本は世界第二の経済大国で、大幅な貿易黒字を出しており、24兆円もの経済対策が実施されるというのに、日本では悲観的なムードが強くなっています。アジアでは暴動は起きても人々は将来をむしろ明るく見ています。電通の調査[1]によれば、「来年は全体に暗い年になる」とする回答が32.6%(1年前の調査では11.9%)、「雇用環境が悪くなる」とする回答が61.5%(1年前は35.5%)となっています。このようなムードが景気経済の回復を遅らせていることは確かでしょう。そして筆者はムードが暗くなる原因にはまず経済の実態がありますが、もうひとつ「世の中が変わることへの不安」が大きいと思います。一つには「持てるものを失う不安」であり、もう一つは「自分も変わらなければならない」というプレッシャーです。「職業的悲観論者」[2]がなにをやってもダメと悲観論をあおっていることもありますが、日本人の「悲劇好き」というか、暗くて深刻な話の方が本当とされ、受ける「美学」が作用しているのではないでしょうか。

 その一方、日本人の実際の行動は結構いいかげんで、レストラン、飲み屋は繁盛しているし、マンションを少し高級にし、価格を上げたらすぐ売り切れたとか、逆に消費税分5%値引きしただけで売り上げが急増し、格安ツアーに客がどっと集まったりしています。貧乏ながらに明るく愛想良く生活を楽しんで、あまりつきつめて考えない国民性は古くから日本人の特性で、幕末、明治初期に来日したヨーロッパ人をおどろかせました。2,3引用しますと、東京の街頭風景を描写して「ひとつの事実がたちどころに明白になる。つまり上機嫌な様子がゆきわたっているのだ。...彼らは明らかに世の中の苦労をあまり気にしていないのだ。彼らは生活のきびしい現実に対して、ヨーロッパ人ほど敏感ではないらしい。彼らには西洋の都会の群衆によく見かける心労にひしがれた顔つきなど全く見られない。頭をまるめた老婆からきゃっきゃっと笑っている赤児にいたるまで、彼ら群衆はにこやかに満ち足りている。世の中には悲哀など存在しないかに思われてくる」[3]、あるいは「...ものの恵みを享受せず、市民的宗教的自由の理論についてほとんど知らぬとしても、日本人は毎日の生活が時の流れにのってなめらかに流れてゆくように何とか工夫しているし、現在の官能的な楽しみと煩いのない気楽さの潮に押し流されてゆくことに満足している」[4]、函館での印象を「健康と満足は男女と子供の顔に書いてある」[5]など。

 今、こんなきびしい時代ははじめてだとよくいわれます。しかし激動の時代は日本の歴史に何回もありました。庶民の明るさでヨーロッパ人をおどろかせたこの時代はまた、テレビの「徳川慶喜」の時代、幕府が倒れ、明治政府へとひっくりかえる激動の時代でした。経済、社会にも大変動をもたらしました。そこで起きた混乱は現在日本でみられる混乱とは比べものにならない大きなものです。幕末には苦しい生活をしいられていた小作農・下層農民や都市住民による、「世直し一揆」がひんぱんにおこり、街道筋では「ええじゃないか」の大乱舞がつづきました。維新後はまた大多数の士族は軍人や役人にもなれず、将来への不安や不平不満から各地で暴動(士族反乱)が起こります。士族の俸給である家禄はなくなり金券(公債証書)が支給されました。今でいえば十年分前後の給料を国債で一括支給されるようなものです。士族を産業につかせ生活手段をあたえるため、未開発地の払い下げや北海道移住の奨励などいろいろな救済措置がとられましたが、「武士の商法」で大半は失敗におわります。その結果、多くの士族は食い詰めて、没落していきました。そのため慶喜も武士を見捨てたではないかと非難されることにもなりました。いくたの犠牲を伴いながらもこのような荒っぽい政策が明治維新からたった9年の短期間に実行されたのはおどろくべきことです。

 幕末から明治維新への激変には海外からの圧力が大きく働きましたが、この時代を動かした人たちは内外困難な状況の中、よくぞ日本を崩壊させることなく近代化の道に導いてくれたと思います。しかし同時に古きよき時代の生活、文化、大人が遊ぶ成熟社会[7]が失われました。来日した欧米の多くの人たちがそれを惜しんだといいます。現在、日本の経済・社会の混乱もあらゆる分野における「開国」、グローバリゼーションの結果といえるでしょう。ただし明治維新の時と違い「外圧」ということはできません。日本自身がグローバリゼーションに大きく関わっているからです。いまや日本だけが周りに垣根をもうけて仲間内だけのルールで仲良くやっていくことは許されなくなりました。旧来の日本の文化、しきたりをすべて捨て、なにもかもグローバルスタンダー ドに宗旨替えをしなければならないと過激な意見がまかり通っています。明治の「文明開化」の旗印のように。

 しかしながら、人が自分自身を変えることは容易ではありません。中高年になれば変われないと考えた方がよいでしょう。変わらなければならないというプレッシャーが若い人も中高年も苦しめるのです。そして中高年は変われないことを悩み、若者は変わる努力を拒否します(実際は「自分にはできない」とはじめから投げるのでしょうが)。自在にどんどん新しい分野に踏み込んでいく器用な人がいます。しかしそれはもって生まれた「変われる能力」であって、誰でも努力次第でそうなれるものではありません。そして社会の大部分は、こつこつやるしかできない人たち、はやりの言葉でいえば「変われない能力」を持った人たちによって支えられているのです。

 自分を「できない、役に立たない、要らない人間」と思うとき、若者にも中高年にも生きる元気が出るわけがありません。筆者は、30歳を過ぎれば人は変われないと思っています。時代が変わると人も変わっていきますが、それは世代が変わることによってです。中高年になれば自分を変えることはできなくて当たり前と考えた方がよいでしょう。向かない仕事、嫌な仕事をがんばることはありません。実際、リタイヤした人が一様に、収入は減っても辞めてよかったというのです。貧しくても若い頃からやってきた仕事をこつこつ、そして一方で楽しみながらつづけられれば一番幸せです。これは職人の世界で、このような人たちによって日本の経済が支えられてきましたが、今その基盤が危うくなっています。「こつこつと、楽しみながら」は、世の中がふわふわと変 わっても、なんとか守っていきたいものづくりの原点です。そうはいっても、家族のため、意に添わない仕事もしなければならないという人には次の言葉を贈りましょう、「サラリーマンの仕事は芝居の中の役者だと思えば全然つらくないよ」[6]。その一方で「ひそかな趣味」をあたため、挑戦してみると、思わぬ豊かな景色が広がるかもしれません。

 これからの日本にとって若者の行く末の方がはるかに心配です。犯罪検挙率が成人の9倍にもなり、思いやり意識は米国、中国など7カ国中最低とのこと[7]。秋山仁氏は「努力とか挑戦とかの言葉が今の若者には一番嫌われます。能力重視の風潮が横行した結果です。努力して手に入れるものは尊い、という価値観はダサイとされて、がんばって何かをやり遂げようとしない。学生をマニラやカルカッタに連れていったのですが、生まれたときに既に自分の人生が決められてしまっている、貧しく、希望なく生きている人々を目の当たりにすると、学生たちは大きく変わりました。自分たちは幸運にも、努力すればそれなりに報われる世の中に生きているのですから」と語っています[8]。これも豊かさの、バブルのもたらす結果でしょう。貧しくても陽気に生きた昔の日本 はどうすれば取り戻せるでしょうか。

[1]電通の消費実感調査(朝日98.11.25)
[2]NHKテレビ討論会(98.11.22)で池田自民党政調会長が野党を揶揄して
[3]「逝きし世の面影」渡辺京二(葦書房):工部大学校(東大)の教師ディクソン
[4]同書:香港主教ジョージ・スミスの言葉
[5]同書:英国人テリーの言葉
[6]入交昭一郎(セガ・エンタブライゼス社長)インタビュー記事(日経98.3.9)
[7]急増する少年犯罪(日経98.11.23)
[8]秋山仁(東海大)子供の教育座談会(朝日98.11.15)

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