ありました。重さは合計2kgもあり、新聞200ページの内半分は全面広告のページです。これだけ大量の新聞、広告のうちどれだけが読者の目にふれ、読まれるものでしょうか。広告の効果はどれほどか。筆者は新聞は10ページ位に目を通すのがやっとで、広告はそのままリサイクルボックス行きです。新聞も広告もずいぶん費用と手間がかけられている様子で、作り手の苦労や思いまで伝わってきます。もったいないと思うのですが、読む時間はないし、さしあたり買いたいものもありません。新聞や広告には情報がいっぱい詰まっていて、見逃すことのできない貴重な情報も含まれているように見えます。しかし紙面は自分に関心のない内容や、すでにどこかで何回も見たり聞いたりしたことのある内容が大部分なのです。量の多さにうんざりして一つも見ないで捨ててしまうこともあります。離れ小島や田舎に引っ込み、新聞は読まない、テレビは見ないと宣言する人もいます。その優雅な生活スタイルをうらやましいとは思いますが、普通のサラリーマンは仕事に必要な情報を「拒否」して生きていくことはできません。うんざりしながら、貴重な情報を見逃していないかと不安になっている人も少なくないでしょう。毎日吐き出される大量の情報をまるごと拒否するのではなく、自分にとって必要なもの、大事なものだけを選び出してくるという情報の受信能力が今後ますます重要になってくるでしょう。
ご承知のように情報量の単位はビットです。そして64メガビットのDRAM1個に新聞16ページの情報が記憶できるなどといいます。しかしたくさんの情報を記憶できる能力と、記憶された情報の中から必要なものだけを選び出し、活用する能力とは別物です。情報の選別、利用がうまくできなければ、さしもの大容量記憶も古新聞の山と変わりません。情報の発信技術と蓄積技術は飛躍的に進み、個人が世界に情報を発信することが簡単にできるようになりました。それを利用して怪しげな情報で人をだます手合いも出てきます。発信される情報は指数関数的に増加しています。米企業が蓄積するデータ量は年4倍のペースで増加しているといわれます[1]。問題は、受信能力がそれについていけないことです。発信はキカイ(コンピュータ)がやってくれるのに、受信は人間の五感(目や耳)に頼っているからです。多チャンネル(ホームページを含めると無限チャンネルともいえます)の中から何を選んで、何を読みとるか受信者の能力の向上がこれからの大きな課題です。情報に対する「選択眼」を高める必要だけでなく、見ず知らずの男から薬物を買ったり、やせ薬を飲まされたりする、あまりに無防備な若者の訓練も大切です。
「日本は今後高齢化が急速に進む」といった文章はメモリーに記憶させると28バイト(=224ビット)が必要になります。しかしこんな内容は情報としての価値はきわめて低いものです。みんな知っている事実だからです。冬の東京で「明日は晴れます」という予報にはたいした値打ちはありません。反対に「明日は大雪です」という予報は大変な情報となり大騒ぎになります。両方の文章の長さは同じですのでコンピュータ上では同量(14バイト)の情報として扱われます。このようにコンピュータに蓄積される、あるいはインターネットで飛び交う情報は、価値のあるもの、ないものが一緒くたに扱われています。またコンピュータ技術が進んで、なんでもディジタルの情報として処理する結果、従来、知識、ノウハウ、智恵とされてきたものまで、区別なく「情報」とされるようになりました。歴史も文学作品もみな情報です。これら情報がコンピュータで一元的に処理できるのは有利な点ですが、反面、情報の中身の区別が付かなくなってきている問題もあります。
あふれる情報に効率的に対処するためには、情報の量を記憶装置のバイト数で測るだけでなく、その内容によって区別することが必要です。入手困難な情報、めったに起こらない出来事に関する情報など希少性は情報の価値を決める大きな要素です。「情報理論」では希少性をベースに次のように情報量を定義しています。ある事象が出現する確率をpとするとき、その事象が実際に発生したという情報(あるいは発生するという予測)の情報量を次式で定義し、これを情報の「エントロピー(自己情報量)」と呼びます。
h=log(1/p) (2を底とする対数で、単位はビット)
難しそうな式ですが、めったに起こらない(pの小さい)事象に対する情報量は、ひんぱんに起こる事象の情報量より大きく評価するのです。具体的な確率の数字を入れて計算してみますと、
| | 出現確率(p) | 情報量(ビット) | |
| | 99%(p=0.99) | 0.015 | |
| | 90%(p=0.9) | 0.15 | |
| | 五分五分(p=0.5) | 1.00 | |
| | 10%(p=0.1) | 3.32 | |
| | 1%(p=0.01) | 6.64 | |
日本の高齢化は99%以上の確率で現実になるので、「高齢化が進む」と言っただけでは0.01ビット以下の情報に過ぎません。一方、図1は国別の生産年齢人口の推移を示すものです。図から10年もすると諸外国に比べ日本だけが生産年齢人口が10%も減ることが見てとれます。ここには漠然とした高齢化だけではない日本経済の差し迫った切実な状況が示されていて、これからの日本を考える上で重要な情報といえるでしょう。
図1 主要先進国の生産年齢人口の推移[2]
台風情報や交通情報など速報性がいのちの情報もあります。これら情報のいのちは1日、数時間に過ぎません。一方、文学や思想の古典的な資料も情報として扱われますが、数千年の生命をもっています。小学校で覚える九九やスポーツの反射神経なども、その理屈は数キロバイトの情報として整理できるでしょうが、「体得」した知識や智恵はバイト数では測れません。そして情報を「選別」し「批判的に読む」受信能力を決めるのは各人が時間をかけて経験し体で覚えた知識、智恵なのであって、情報を目で読んだり、一回教えられただけで身に付くものではありません。自分の仕事や趣味の中で、家族、仲間、職場やコミュニティとのふれあいや葛藤の中で、体で覚えていくものです。このような経験がなければ「マスコミから入手した「情報」を、翌日は自分の「意見」として口にする、精度の低い録音機の仕事」になってしまいます[3]。
「早わかり方式で仕入れた情報は、私になんの痕跡も残さず、あっという間に消え去ってしまう。3日で覚えた情報は、3日で消え去ってしまう」という人あります[4]。
なお、大事なのは自分の仕事や趣味、家族や仲間、人と人の現実的な出会いであり、情報はこれらに役立つことが重要であって、単独で価値あるものではないことを強調しておきたいと思います。最近の若者は、メディアやインターネットに対する信仰が強く、情報にはウソとホントがあり、メッセージには欺きや偽りがあり得る、という問題意識がまるでないとの指摘があります[5]。情報におぼれないためには、情報は利用するもの、ありがたがるものではないとクールに受け止める姿勢も必要でしょう。
| [1] | 「磁気記憶システム、陰の主役に」(日経99/1/18) |
| [2] | 日本の将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所97/1) |
| [3] | 「加齢社会、情報より本能で判断」関川夏央(日経98/7/19) |
| [4] | 「速度礼賛から時の成熟へ」黒崎政男(朝日99/1/14) |
| [5] | 「ニューメディアの呪文と若者」萩野弘巳(朝日99/1/26) |
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