あるプリント板OBの会で「昔、プリント板の立場はつらかった。士・農・工・商・プリント板だといっていた」という話が出て盛り上がりました。プリント板は士農工商のそのまた下だ、というのです。この場合「士」は電電公社やセットメーカーを指すでしょう。積層板メーカーは「農工商」になるのでしょうか。それぞれのお客さんから新しい仕様や要求が次々に出され、プリント板メーカーは技術もなく、人がいなくてもなんとかそれを形にしなければならない。そしてクレーム。さんざん叱られ、ぼろくそにいわれる。材料メーカーからはカタログを作るいとまもないほど毎月新製品が発表されるが、その新製品でトラブルが起きても「よそでは出ていません」。行き場のない悩みを抱えて四苦八苦した経験をお持ちの人も少なくないでしょう。思えば当時はプリント回路産業は年率25%もの高度成長の時代でした。プリント板メーカーはいつも背伸びして、技術者が手作りでやっとできるようになると「できます、できます」といって触れて歩きました。発注側も自社製品の設計、開発に必死でプリント板製造サイドの実状を考える余裕はなかったし、押しつければ何とかやってくれるという意識があったのでしょう。そのような中で日本のプリント板メーカーはもまれ、問題点を一つづつ克服しながら、今日の世界に誇る製造技術力を作り上げてきたといえるでしょう。それにしてもプリント板の作り手の立場は弱く、身分の差と感じたこともありました。プリント板の中小メーカーだけでなく、大企業のプリント板製造部門の人たちも同じ思いをしたと聞きます。
時代は変わってプリント回路産業の地位もただの「エッチャー」(この言葉には差別語のにおいを感じます)から「回路実装メーカー」に出世し、ほとんど新聞種にもならなかったプリント板産業が今はハイテク産業の一角として扱われるようになりました。それでも電子機器産業における重要性、規模の大きさ(電子部品中、半導体に次いで2番目)の割には社会的なポジションはまだ高くないと思っています。エレクトロニクス産業やアカデミックの世界では今でも半導体やセットの研究、開発者が幅を利かせ、プリント回路に携わる人たちは自らかれらの風下に立ってしまう傾向があるようです。
江戸時代の士農工商は差別的な身分制度とされており、今でも自嘲的に使ったりします。しかし当時、農工商の身分も今考えるほどに一方的に搾取される存在ではなく、それぞれに自分たちの職分(注)と誇りを持った自立した存在であったようです。その職分意識の普及が江戸時代の社会の安定に非常に大きく貢献したといわれます。「職分は、自分の職業に対する誇りと自信であり、家業に対する忠誠といってもいい。百姓は百姓の職分意識を持っていたし、武士は武士の職分意識を持っていました。天皇にも天皇としての職分がありました」[1]。
アメリカのメジャーリーグに賭けて日本を飛び出した野茂英雄は、華々しい活躍で一躍ヒーローになりました。その後、故障や成績不調でニューヨークメッツを解雇されて、マイナーリーグに落ちましたが、再び復活して勝ち星を重ねています。日本人離れした野茂のめげない勇気と覚悟に熱いものを感ずる人は多いでしょう。「いま野茂投手が歩んでいるのは、復活への道か、敗残への道か。新聞を読んでいるとドキドキするほど気になる」「...今どんな状態におかれていようと、彼は立派だ」「...一人の男の戦いを静かに見守ってやりたい」など[2]。その野茂が文芸春秋に手記を書いています[3]。これがおもしろい。メッツを解雇される経緯、メジャーとマイナー、のびのびしたプレーの様子などが実にたんたんと、なかなか詩的に語られていて感動しました。日本人は悲壮な挑戦、屈折した感情を見たがりますが、野茂はどのような状況にあっても余裕を失っていないのがいいと思います。少し紹介しますと、「ソルトレイクでのマイナーでの初戦。まだ郊外の山並みには雪が残っているのです。その景色が実にきれいなんですね...午後三時か四時頃になると、太陽がかげっていくんです。すると山の影がくっきりと浮かび上がってきて、しばらくの間、見とれてしまいました」「四年間のメジャーリーグ生活で、数えきれないくらいのホームランを打たれました。"ホーッ、ここまで飛ばすか..."と舌を巻くような特大の一発もありました...マウンドから外野スタンド後方に舞い降りるホームランを見るというのは、月見にも似て味わい深いものがあります。マウンドに立つ者の特権といっていいでしょう」。
野茂はメッツでの年俸約3億5000万円がカブスでは月95万円の6ヶ月払いとなりました。メジャーリーグではユニフォームを床に脱ぎっぱなしにして帰ると、翌日にはパリッとしたユニフォームがハンガーにかけられ自分のロッカーの前に置かれている。マイナーでは一枚一枚自分で洗濯しなければなりません。そんな中でも野茂はメジャー挑戦の気持ちを失わない。理由はメジャーリーグこそ世界最強のベースボールリーグだから。野茂はマイナーリーガーからサインを求められたりしたといいます。メジャーリーガーというのはそれだけの尊敬を集めている存在なのです。
今や優勝劣敗、弱肉強食の時代だといいます。能力に応じた高い報酬はあたりまえとされるようになりました。それを無制限に許してよいものか、社会的弱者、敗者のための安全ネットは、リストラの受け皿はどうするか、などについて議論がつきません。失業した中高年のきびしい再就職の状況を聞くと胸が痛みます。その一方で、やはり日本の社会は横並びだと思うのです。スポーツや芸能の世界に比べると今までのサラリーマン世界の競争は生ぬるかった。職に就いているサラリーマンと失業者、社会的弱者との間には歴然とした格差がありますが、サラリーマンどうしでは、士農工商どの階層も似たようなもので、生活スタイルもあまりに似ています。これからはサラリーマン世界もだんだんプロスポーツに近いきびしい競争を強いられていくことになるのでしょう。
日本のプロ野球の年俸は平均で3200万円(米国は2億円)で、最高額は5億円にもなりますが最低額は多分200万円に達しないでしょう[4]。この最低額で「普通の」生活をするのはかなりきびしいことです。芸能界、文筆の世界、そしてベンチャーでも、プロの世界は実力に応じて収入に大きな差がつくのが当たり前。しかし階層やランキングがどこに位置していようと、世間の扱いにどんな差があったとしても、夢と明確な目標を持って努力しているかぎり彼らはプロです。「普通の」生活はかなわないにしても自分の立場を職分と心得え、それを誇りとしている限り、その人生は輝いているといえるでしょう。飯塚氏はアメリカで驚いたこととして「ベンチャーで働く人たちが昼夜土日の区別のない猛烈さで、しかも楽しそうに過ごしていること。彼らの優秀さは否定しないが小生の知る日本の優秀な技術者に比べて特別すごいわけでもないこと」と書いています[5]。プリント板の分野でも若い日本の技術者に外国で一旗揚げてもらいたいと願っています。