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「ユニーク、互換性、標準化」

 スーパーの食品売り場には、「手作り」「天日干し」「天然の」などをキャッチフレーズにした商品が、普通の品より高い値段で売られています。し かし、筆者は、品質が安定していて値段が安いのは、自動化され、管理された工場で作られたものだと思っていますから、たいていは普通の品物の方を買っています。

 今、人についても商品についても、「並でない」「独特の感性」といったユニークさがもてはやされます。辞書で「ユニーク」を引くと、まず「唯一 の」、そこから「二つとない、独特の」、さらに「すばらしい、めずらしい」の意味に広がります。どの世界でも特異な才能を持った人や、ユニークな商品に注目が集まります。しかし筆者は「ユニークでない」ことの重要性も忘れてはならないと思うのです。社会はほとんどが「普通の人」「昔からある安心して使えるもの」によって営まれています。ユニークな人やものはこれらに支えられていて生かされているのです。

 文学、芸術に「ユニークさ」は欠かせませんが、社会には安定した関係、安心して使える製品、信頼できる製品がなくてはなりません。ほとんどの工業製品や部品は同じ物がたくさんの企業、人によって作られています。一社しか作っていない、部品も特別設計という製品もありますが、多くは修理しない、従って部品の互換性も必要ない使い捨て製品です。ゲーム機は(多分ケータイ端末も)この部類にはいるでしょう。しかしたいていの製品は90%以上が規格化された部品や材料を使って作られます。仕様書は作り手と使い手の間で交わすプライベートな約束であり、規格は多様な個別仕様を集団内の大勢の人が使えるよう統一したものといえるでしょう。そして規格をまとめた体系が標準です。標準は言語と同じで集団の中で形成され、利用されていくうちに集団の文化の一部となっていきます。物が往来し、文化の及ぶ範囲が広がってくるとその標準の使われる範囲も広がっていき、そのうち別の集団の標準とぶつかり合うことになります。異なった標準が混在すると混乱が生ずるので標準の統一が望まれますが、標準は言語と同じく身についたもので簡単に変えることはできません。豊臣秀吉は太閤検地を行い度量衡を統一しましたが、検知に反対するものを殺してでも実施するよう命令、きびしい態度でのぞんだといわれます。メートル法は日本では1891年併用が決まりましたが、尺貫法を廃止したのはそれから約70年後の1959年です。アメリカでもメートル法への移行がきまっていますがなお併用の段階で混乱が生じているようです。NASAの火星探査機の軌道進入失敗はヤード・ポンド法で出した数値をメートル法と解釈したことが原因といわれます[1]。強権による標準の統一が困難な現代では、統一標準が合意されてもそれが定着するまでには長い年月がかかるでしょう(図)。

 雌ねじと雄ねじをそれぞれ量産して、どれを組み合わせてもちょうど良い「はめ合い」が得られることを互換性があるといいます。互換性は当たり前の ように思えますが、系統的な互換性の考え方が日本に入ってきたのは戦後になってからです。日本ではそれまで飛行機でも「現物合わせ」が多く、互換性はあまりなかったといわれます。洋服が「仕立て」(現物合わせ?)から「既製服」主体になったのも古いことではありません。

 日本の標準はJIS規格が基本ですが、JIS規格は今国際化の試練にさらされています。JIS規格は欧米規格とならんでよく整備され、機能もしていました。日本の得意とする電子機器はこれまで家電やパソコンなどスタンドアロン用途が主体で、規模も小さかったので標準は社内規格で、せいぜい国内規格(JIS)で統一しておけば十分でした。しかし経済のグローバル化で輸出、海外生産が増加し、一方海外メーカからの輸入も増えてくる。またシステムが巨大化しネットワーク、通信により世界中が結ばれるようになると、一企業、一国の独自規格で押し通すことはアメリカでさえできなくなってきました。世界に通用する標準が求められますが、ある規格が世界標準になると、それ以外は実績のあった規格まで、ローカルにも生き残りが難しくなります。標準を制するものが市場を制する、といわれる理由です。

 標準には各国代表で構成される委員会や国際的な投票で決定される「デジュール・スタンダード」と、ユーザーで利用されるうちに利点をみとめられて標準となっていく「デファクト・スタンダード (事実上の標準)」があります。ISO規格やIEC規格はデジュール、いわばお墨付きのある規格です。これに対し実力で仲間を増やして勝ち残っていく規格がデファクトです。かつて日本製品の高品質はTQC、QCサークルなど、現場の自発的な工夫、知恵を大事にする管理手法によって築きあげられてきました。また、整備されたJISは品質の高い日本製品の基礎としてアジア諸国のモデルとされたこともあります。しかし最近はどれもその地歩を大きく下げました。「...日科技連を総本山とする品質管理指導が成果を上げたのは、すでに過去の話だ。海外生産移転が進み、QCサークル自体が作りにくくなっている」[2]といわれています。代わってISO9000が花盛りです。ISO9000が国際標準であり、TQCの実績は認められていてもローカル標準に過ぎないからです。

 しかしISO9000がそのままTQCに取って代わるというものでしゅか。6年前(1993)EUから40人ほどのPCBミッションが来日し、精力的に 日本の各社を回りました。そして日本のTQC、QCサークル活動、5S運動に強い感銘を受けました。その一方、(当時)日本でISO9000取得の動きがないのはなぜかという質問も出ています。ISOの取得はヨーロッパではすでにビジネスの必須条件だったのです(注)。しばらくしてヨーロッパのプリント板メーカーを訪問したとき「QCサークルをつくった」「KANBAN方式を取り入れた」「5S、TPMをもっと知りたい」などという話を各所で聞きました。日本の管理手法は品質を安定化し改善する上ではなお有効だということでしょう。

 TQCが一時の輝きを失っていることを惜しむ声があります。「デジュール標準は、市場における競争の洗礼を受けていない場合も多く、関係者の議論や妥協の結果という面がある。悪くいえば机上の空論できまる。せっかく長い時間と労力をかけて作ったものが利用されない場合も少なくない。品質管理の場合、日本ではQC活動が多くの企業で採用され一種のデファクト標準になっていた。そこにISO9000シリーズがデジュール標準として登場し、唯一の国際標準として認められた。ISO9000のような考え方とQC活動の間に競争原理は働かなかった。デジュール標準に競争原理を導入するには、同じ分野で複数の提案がなければならない。残念ながら、品質管理の標準化が国際的な課題になったとき、日本はQC活動を標準として世界に提案する努力をしなかった。」[3]

 日本でも国際標準への提案努力が始まっています。高密度実装分野では日本が世界をリードしていますが、標準化の面でもJPCAデザインフォーマットがIEC規格に、ビルドアップ配線板とFPCデザイン規格がIPC/JPCA規格になったのは心強いことです。それと同時にかつて日本製品の品質を支えた「草の根改善活動」が再び元気を回復することを期待しています。

注. 1994年、香港政庁の公共入札ではISO9000取得が条件とされたため、日本のゼネコンは入札にも参加できませんでした。このショックがきっかけで日本でもISO認証取得機運が急速に高まったといわれます[4]。

[1]「最後のポンド大陸、米国はどこへ行く」(朝日99/12/8)
[2]水野裕司「品質管理に制度疲労」(日経99/11/21)
[3]鳥井弘之「国際標準、日本の出番」(日経99/10/30)
[4]永岡文庸「世界標準戦争に負けるな」(日経98/12/6)


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