プリント板の草創期に技術開発で活躍したある先輩、いまも好奇心旺盛で、パソコンやインターネットもやっています。しかしパソコンはなかなか思うように動いてくれないとよくぼやく。目的のプログラムやホームページに行き着く途中で迷路に入り込んでしまい、行きも戻りもならなくなるというのです。そこで「達人」を呼んで直してもらう。操作も教えてもらうが、もうひとつわからない。「達人」が帰るとやっぱり動いてくれない、と。
その人の話をきいていて、筆者は気づきました、この人は「納得型」なんだと。幼稚園児はゲーム機を「これをゲットする。ここでレポートする」などと独りごとをいいながら、せわしく指を動かしています。一方納得型の高齢者はまず基礎、理屈から入ります。そこが自分なりに理解できないと先にすすめません。そして少しわかってくると、こうなるはずだ、このルートでも行けるはずだ、と考えてわき道にそれるため道に迷うのです。「メールはどうして相手に届くんだ」と質問されてこちらが汗をかいたりします。
予備校では子どもたちを学習パターンによって「肯定型」と「納得型」に分けているそうです[1]。「肯定型の生徒というのは、教室で教えられることはすべて正しいという前提で、授業を受けます。これに対し、納得型の子どもは極端に言うと、今教えてもらっていることは森羅万象に照らして本当に正しいのだろうか、というスタンスで授業を受けます。
納得型の子はしばしば変な質問をします。例えば、英語で未来を表す助動詞「will」の過去形「would」という語がありますが、講師がその説明をしたときに、ある生徒が立ち上がって、「未来の過去なら現在じゃないのですか」と質問したそうです。
この話を東大クラスの子どもたちにすると、「あいつらそんなこと言っているからだめなんだ」と言うのです。つまり、決められたこととして受け止めないから、勉強ができないのだ、と…」。
納得型の子は理解に時間がかかります。学校でも予備校でも納得型の子は授業についていけなくて、先生から見放され、勉強が嫌いになって、成績も下がります。しかしいい先生にめぐり会い、徹底的に納得させる教育を受けると、納得型の子はすごい力を出して学力がどんどん伸びていきます。「would」の質問をした子の場合、講師が「一週間の時間をくれ」と言って、言語学の文献を調べたうえで、ちゃんと答えてやったらその子は納得したそうです。
小学生、中学生の教科書をみると、レベルが下がったと嘆かれますが、内容は結構むつかしい。これだけを「納得して理解」すれば立派なものです。NHKの高校講座もよくできていて、筆者が見ても面白い。ただ、いまの高校生のどれだけにわかるのかな、とも感じます(大部分は番組を見たこともない)。「小学校高学年レベルの知識習得に失敗してきた名ばかりの大学生」が多い大学もあるということです。「このような貧弱な基礎の上に、国際だ、情報だ、環境だのとホットな話題を教え込んでも、うまくいって、クイズ番組さながらの断片的却識の寄せ集めに終わるのではないか。このような大学では、学生の基礎知識はゼロを前提にした「授業」でまず基礎学力をキャッチアップし、それから専門に移行するようにしてはどうか」と提案されています[2]。
どうしてこうなったのか。頭が悪くなったわけでも、教科書レベルが高すぎるのでもない。子どもが忙しすぎるのが一番問題でないかと筆者は思います。宿題、部活、塾、習い事、合間にゲームと忙しく、ボヤーッとする時間が全然ありません。寝るのも遅い。これでは疲れないほうが不思議です。とんでもない計算間違いをする小学生に筆者が「考えるのが面倒くさいのでしょう」というと、うなずいていました。面倒くさいから適当に数字を組み合わせるだけ、そのうち全然ついていけなくなる、こんなパターンが多いのではないかと思います。
学校で先生はよく「わかりましたか」といいます。パソコンのインストラクターも。生徒は、もうひとつわかっていなくても、その場の雰囲気から「ハーイ」といいます。わかっていないのは自分だけかと思いつつ。しかし心配することはありません。わかるには誰でも時間がかかるのです。
「米神経医学者が眠りと記憶の関係を研究し、一睡もしないで詰め込んだ記憶は数日のうちに消えてしまう」との結論をまとめた。何か新しい知識や技法を身につけるには「覚えたその日に6時間以上眠ることが欠かせない」という。
ハーバード大学のロバート・スティックゴールド助教授らは、学生24人にコンピューター画面に示した図形の向きを瞬時に答えさせる練習を繰り返し、その後の睡眠の取り方で差が出るかどうか調べた。
練習初日に被験者のうち十二人が徹夜。三日後に同じ図形テストを試すと、徹夜組は少しも伸びなかった。いくらかでも眠ったグループでは、八時間以上眠った組がすぐれた成果をあげ、六時間未満組は少ししか伸びなかったという。
同助教授は「試験前夜に一夜漬けに励む努力を否定はしない」と言いながら、「徹夜で詰め込んだ知識は大脳に刻み込まれることなく、まもなく消えていく」と結論づけた。「大脳に刻み込むには最低6時間眠れ」」[3]。
大脳生理学の養老先生も似たことをいっています。
「…脳というのは簡単にいえば、入出力系の間に入っている計算装置です。知覚系から入力され、脳を通って運動系から出力される。その出力の結果、外界が変化してそれがもう一度入力され、ようやく一回り回る。そのループでモノを覚える。螺旋を描いてあがっていくのが学習なんです。こうした学習には年齢は関係ありません。
例えば、テレビを見るのがなぜ学習にならないかというと、目の前にブラウン管のちらつきがあり、それを知覚して脳の中に何らかの反応が起きたかもしれないが、出力がない。一方で最近、脳性まひの子どもの教育で、とにかく歩かせるといった方法が採られ始めています。どんなかたちであれ、歩いたときの筋肉の感覚と、その結果、外側の風景がどう変わったかについての関連性が生まれる。するとその子どもは言葉もうまくなっていく。
今の社会で「成熟」が問題にされるのは教育が入力だけをやっていて、この螺旋が成り立っていないのだから… 昔は「大学に行くとバカになる」という健全な常識が社会にあった。入力だけではダメだということが分かっていた…」[4]。
追いつけ、追い越せのキャッチアップの時代には理解の早い肯定型の人材が求められました。また変化の速い今日、日々の技術進歩、世界の動向をウオッチして迅速に対応していくには、有能な肯定型テクノクラートが欠かせません。レスポンスが早い、いくつものことが同時にやれる、仕事もでき、遊びも上手なスマートな人です。予備校でも肯定型は納得型に圧勝といいます。しかし奇想天外の発想で、新しい学問や技術の領域を切り開くことができるのは、圧倒的に納得型の人間といわれます。ものづくりに強いのはじっくり型の人材です。
日本のつぎの時代を託することのできる納得型、じっくり型の子どもを発掘し、その目を開かせ、辛抱強く付き合って育てていかなければなりません。ただしそういう子の能力はよき理解者、先生、指導者にめぐり会えてはじめて開花するのです。京セラの稲盛さんは中学、大学入試、就職試験にことごとく失敗したが、そのたびに「神の手」とも思える先生や企業人が現れ手を差し伸べてくれた、その一人が欠けても現在はなかったと述懐しています[5]。稲盛さんを見込んで支援した人たちはえらい。高橋尚子を育てた小出監督もすごい。しかし私たちの周りにも一見ぼんやりした納得型の子がいるでしょう。そういう子に声をかけ、一緒に考えてやることは私たちにもできることではないでしょうか。