JPCA NEWS 2001.9

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号

「明石歩道橋事故 −マスの制御」

 8月21日、明石市の花火大会で10人が死亡する将棋倒し事故が起きました。その責任について明石市、警備会社、警察署がきびしく追及されています。客の誘導体制、警備計画の不備、事故発生後の処理のまずさなどが次々に明るみにされ、業務上過失致死傷容疑の立件もありえるとのこと。新聞にはいつものことながら「『幼い姉弟、精いっぱい生きた』悲しみの通夜・・・」「思い出を永遠に」といった読者の涙をさそう記事が並びました。

 事故原因として「茶髪の若者が暴れた」「物理的・心理的に抑圧されてパニック」などと報じられましたがあまりに皮相的です。その後原因調査がどう進んだかを知りたくて、新聞、雑誌を探しましたが説得力のある説明はほとんどありません。事故発生から20日ほどですっかり過去の話になりました。最後は「市、警備会社、明石署の捜索」です。しかし主催者側の不適切な対応を批判し、見物客の心理や行動のせいにして片付け、「二度とこんな事故を起こさない」と誓いを立てるだけでは事故の再発を防ぐことはできません。警備会社、警察の現場責任者は業務上過失致死傷とされても、内心「運が悪かった」と思いつつ、「至りませんでした」と頭を下げるしかないでしょう。筆者がどちらの当事者であってもこの場面で適切に処理できる自信はありません。当事者に悪意があったとは思えないので、有罪となっても執行猶予付きの軽い刑ですみ、事故は忘れ去られます。そして似たような事故はまた起こる。おおもとにある原因の追求、対策がとられないまま、「責任は人」として片付けているのですから。

 筆者は「設計の責任」を強調したいと思います。何たるおそまつな歩道橋、その道の専門家はなにをやっているのか、と言いたいのです。筆者は駅や盛り場での混雑、道路の渋滞にはかねて関心を持っています。以下は筆者の古いメモの一部です。

 「京都駅南口の階段が造り替えられた(注.今の京都駅のできる前のこと)。不思議に思ったのは階段の幅がブリッジの幅の倍近くもあること。必要以上に広い階段のように思える。しかし考えてみるとこれが理屈に合っている。人の流れが定常状態にあるとき、通路のどこをとっても

         「通行量」=「歩く早さ」×「通路の幅」=一定

 でなければならない。この式から、階段では歩く早さが遅くなるから、同じ通行量とするためには階段の幅を広げる必要のあることが分かる。上の式は混雑度一定の場合であるが、混雑度も変化するときには次のようになる。

         「通行量[人/s]」=「歩く早さ[m/s]」×「通路の幅[m]」×「混雑度[人/m2]」=一定

 駅などでは階段と通路の幅が同じになっているところが多い。このときの人の流れは、通路で空いているのに、階段では込み合うという状態になる。場所が取れないなど事情はあろうが下手な設計というべきであろう」

 今回の事故の記事で一番充実しているのは岡田光正・阪大名誉教授の報告です[1]。ビデオ映像や現揚にいた人の証言などをもとに分析したとのこと。新聞の図を見るとブリッジの通路幅は6mあるのに、階段の幅は3mしかありません(図)。階段では歩く速さが遅くなることを考えれば2倍ほどにも広げたい階段の幅が、逆に半分になっているのです。これでは混雑するのが当たり前。指摘した新聞はありませんがどうみても設計ミスと思います。

 通路や階段で安全に通行のできる人数は、通路幅1m当たり1.5人/秒とされます[1]。歩く速さを仮に1分60m(階段では多分こんなに速く歩けないが)とすると、上式から混雑度は1.5人/m2と計算されます。これくらい空いていないと安全に通行できないのです。一定の歩行速度を保てる混雑度は3人/m2までで、混雑度5人/m2になると動かなくなるといわれます[2]。図によれば歩道橋の入り口ですでに5人/m2、階段付近では10人/m2を超え、軽いショックを受けただけで流れが瞬間的に止まる混み方です。歩道橋の長さは100メートルもあり、流れが先端でせき止められても途中の流れを急に止めることはできません。橋上では6000人ほどが歩いています。前は見えないし、歩く速さが遅くても総重量300トン近くの巨大な人の流れを簡単に停められるわけがありません。莫大なエネルギーが先端部に集中すれば圧死の惨事となるのは十分想像できます(通路の先端近くでは混雑度12人/m2になっていたそうですが、これから計算すると通路の長さ20mに1440人も詰め込まれた)。

 重量や慣性の大きなモノやシステム(マス)の動きを制御するときは、ちょっとした変化がシステム全体に波及して暴走、パニックにならないよう、十分な安定装置やクッションをあらかじめ組み込んでおく必要があります。水や蒸気の配管でも末端で急にバルブを閉めると圧力が急上昇し、配管がこわれることがあります(これをウオータ・ハンマーという)。長い配管で水量が急変するような場所には圧力を逃がすクッションタンクを設けるなどの対策をとります。また「バルブは急に閉めるな」とも教育されます。河川の洪水対策でも遊水地と呼ぶクッションを設けて余分の水を一時的に逃がせるようにするのが望ましいとされます。しかし都市化が進み、遊水地を作るのは容易でありません。町中を流れる名古屋市、新川ではこれまで堤防を高くするだけの対策をとってきて、昨年大きな浸水災害が起きました。

 電気の場合、慣性となるのはインダクタンス(モータやリレー。短いただの銅線にも付随する)であり、ICは配管のバルブに対応します。最近の機器はほとんどがディジタルであり、信号の切り替えは高速化する一方です。当然、ウオータ・ハンマーと同様の現象(ノイズ)が発生し、動作が乱れます。ノイズを吸収するクッションの働きをするのがコンデンサ(通称パスコン)ですが、パスコンを入れなかったり、入れ方が悪いと機器がまったく動作しないことがあります。ところが通常回路図にはパスコンの配置までは指定されていなく、パターン設計者がきびしいスペースの制約の中で経験的に決めています。これまでは部品のピンとピンが図面指定の通りにつながっていればよかった。それが回路の過度応答、ノイズ、電磁放射まで考えて設計する高い設計技術が要求されるようになったのです。

 さて、明石歩道橋にもどって考えてみるに、その設計はただ駅と大蔵海岸(花火会場)を100メートルもの通路でつないだだけ、階段の幅も、一時的な逃げ場となるクッションも考えられていない。マスを扱うという配慮が全くなかったと思うのです。 橋、配管、高速道路などのハードだけでなく、クッション(逃げ場)のない巨大なシステム(社会システムも含め)にはどこにでも、ちょっとしたショックで安定性が揺らぐ危険が潜んでいます。筆者はやみくものグローバリゼーションには同じような危うさが付きまとうように思います。

[1]「橋上に5000人以上 事前認識の甘さ鮮明」(日経01/7/27)
[2]「1平方b当たりに3人が混雑の限界」(日経01/7/23)

人も魚も車も、隣の動きだけ見て行動している。めったに遠くは見ない。

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号


社団法人日本プリント回路工業会
Japan Printed Circuit Association