JPCA NEWS 2001.10

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号

「元気と集積」

 景気が深い谷に入ったまま回復の兆しも見えない中で同時多発テロが発生し、経済だけでなく現代社会の仕組みそのものが崩れるのではないかという不安が世界に広がっています。

 半導体やプリント板産業でも、日々、地道な製造や営業に携わる多くの人たちにとって、あまりに急激な環境の変化は理解を超え、自分でどうすることもできず、新聞を読むと気がめいって仕事が手につかない人もあるでしょう。128MビットDRAMのスポット価格が1個200円台にも下がったとのこと、1年前の1/8だそうです[1]。これまでのLSIは量産で価格が下がっても500円くらいで下げ止まっていたのに。半導体工場でのコストダウン、合理化は銭(0.01円)単位だと聞いています。こつこつコストダウンを積み上げても一夜にして売値が半分になるのでは製造現場は対応のしようがありません。半導体は産業の米であって、行き詰まった会社の紙くず同然の株券とは違うのに。

 しかし新聞を置いて街に出ると、何事もなかったような日常が広がります。それぞれブランドのかばんを下げて闊歩する若い女性づれ、キタナイ盛装にピアスの若者。通り過ぎる車はどれもぴかぴか。バブル直後に比べレストランも結構繁盛している様子。客待ちするタクシーの長い列のほかに大不況の影は見えないようです。どうも新聞とNHKの見過ぎかと思うことがあります。今では新聞を取っていない家庭もかなりあるようです。

 海外でも同じで、ハーバード大の入江さんは印象的に次のように書いています。「イスラエルの旅行者は、この夏ブタペストやウィーン、パリでも多数見かけた。彼らと話をしていると、中近東でのイスラエル・パレスチナ自治政府間の抗争すらも、遠いできごとであるかのような錯覚にとらわれた。実際この夏には両者の対立は激化し、いくつかの流血事件もあったが...ヨーロッパ各地で出会った旅行者には、アラブ人も少なくなく、もちろんアメリカ人、日本人、中国人、韓国人なども多数いたが、そのすべてが旅行者として共通の体験をしているようだった。国籍とか言語とかにかかわりなく、一様に美術館や史跡を訪れ、音楽を鑑賞し、自然の美を堪能し、外貨を交換し、土産品を買い、免税手続きをし、掏りに用心していた」[2]。

 マスコミは事実をベースに書きますが、そのときどき流行のフィルターを通し、しばしば強すぎるアクセントをつけて。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」をはやしてから20年ほどで、今や日本の国際競争力は20何位といいます。スタンフォードの青木さんは「欧米でマスメディアの報道だけに頼っていると、日本は大変悲惨な状態に陥りつつある、という印象を持ちがちだ。アメリカは没落しつつあると多くの日本人が考えたように。...日本を実際に訪れた外国人の多くは実態はそれほど悪くない、という印象を持つが、メディアの作り出した日本のネガティブイメージには、日本人自身の心の持ち様の投影という面もあるようだ」と指摘しています[3]。私たちは、危機感をあおり、マクロなダメ論ばかり振りまくマスコミの言うことはほどほどに聞いて、日々の暮らし、職場、地域、ささやかな趣味、楽しみなど、身のまわりのミクロをもっと大切にしたほうがよいように思います。

 日本に課題はたくさんありますが、新聞を手に、心配を先にしているのでは落ち込むばかりです。多分「今までの職を、生活を失う」不安が頭をよぎるのでしょう。日本の製造業労働者の年収は、2位の米国、3位のドイツを押さえてダントツの1位だそうです[5]。中国と比べて高い、という話ではなく、世界のどこと比べても高いのです。戦後の焼け跡からどうしてここまでこれたのか、筆者はいまだ十分に納得できませんが、グローバル化の今日、日本が普通にものを作っていたのではとても海外と競争できないことは明らかです。どうもいままで日本は出来すぎたというのが実感です。

 それでは日本に明日はないのか。日本人自身が自信を失いさえしなければ、そうはならないと筆者は信じます。日本人は心配性で、今ひとつ要領はよくないのですが、まじめで仕事好きです。そして過去に何度も他からは難しいと見られていた難局を乗り越えてきました。金銭にはあまり執着しない。人間本来無一物、はだかで生まれて、はだかで死ぬという無常観が深層に流れているようです。いまの生活レベルは実力以上に高いと分かっているため、かえってそれを失いたくないという思いが人々を不安にしているのではないでしょうか。しかしある日突然、災難が訪れて、いままでの生活がつづけられなくなっても、それはそれで日本人は結構うまく適応し、かえって元気になったりするのではないかと筆者は思います。敗戦直後の混乱の中で、人々は「りんごの唄」を口ずさみ、意外に明るく、元気であったように。

 子供の頃、ロビンソンクルーソーや十五少年漂流記を夢中で読みました。難破して無人島に漂着し、すべてゼロの状態から、一つひとつ生活の基盤を作り上げていく物語に惹かれ、無人島の生活にあこがれた人も少なくないでしょう。最近では、太平洋を1ヵ月も漂流して救助された漁船の船長、武智さんの話に感動しました。漂流をはじめて2週間で水も食料も尽きます。武智さんは動き回らないようにして体力を温存しつつ、雨水や海水をやかんで沸かし、ふたに付いた水滴をなめてしのぎました。ガスも切れた後は自分の尿で口やのどを湿らせたそうです。その言葉「これで終わりかなと思った。やるべきことをやって、あとはなるようにしかならないと思った。力を抜いたのがよかったのかもしれない。人間はなかなか死なないものだ」[4]。

 以上、今の日本には、不安がらない、なんとかなる、の自信が必要と強調してきました。日本はまず元気を出す、しかし、その上で変わらなくてはなりません。もし変われなければ?神谷さんは次のように過激に言っています[5]。日本は、(1) 中国の賃金水準まで賃金をカットする、(2) 円を弱くすることにより物価水準を国際水準まで下げる、(3) 大インフレを起こす、およびこれらの組合せしかない、と。更に、日本に必要な構造改革は、「人が集まってくる魅力」の創造だ。魅力を生み出すのはソフト(アイディア)で、そのように変革する主体は国民である。構造改革は首相の約束だけでなく、「首相が国民に対して求める約束」でなければならない、と熱っぽく説きます。アメリカには広大な土地がある。にもかかわらずシリコンバレーという狭い地域に世界のハイテク企業が集中した。当然地価は高騰した。それでもシリコンバレーに集まった理由は、知恵を持つ人的資源が集まることによって発想が刺激され、新たなアイディアが生まれるから。北京はニューヨークにはなれない。なぜか。それは情報と金融の集中においてニューヨークにかなわないから、と。

 堺屋太一さんも「人口が減っても経済の規模を拡大し続けるためには、生産性の高い土地に人と機能を集約しなくてはならない」とし、知恵の値打ちが経済の成長と暮らしの楽しさを創る「知価社会」への転換を説いています[6]。

 神谷さんも堺屋さんも「人の集中、集積」を説いているのが印象的でした。日本のプリント板産業は、海外からも人が集まってくる魅力をどこに創りだすことができるしょうか。

[1]「世界DRAM価格...」(http://ne.nikkeibp.co.jp/DSP)
[2]入江昭「グローバル化の意味」(朝日01/9/4)
[3]青木昌彦「心の中の制度」(日経01/9/14)
[4]「漂流1ヵ月武智船長会見」(日経01/8/29)
[5]神谷秀樹「デフレ脱却、愚策もここに極まれり」(文芸春秋01/10)
[6]堺屋太一「街の老舗が潰される」(文芸春秋01/10)

 
アホウドリは断崖絶壁に囲まれた燕崎にだけ集まって営巣する。その条件は。

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号


社団法人日本プリント回路工業会
Japan Printed Circuit Association