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「風評被害」

 散歩の途中、幼児が遊んでいるのを見かけるとちょっと立ち止まって遊ぶ様子を見ています。幼児のしぐさや友達同士のやりとりを見ていると面白い。幼児が2人追いかけっこしている。そのうち追いかけている方が急に走るのをやめ、砂場に入ってシャベルとバケツで遊びだす。逃げていた子はそれに気づくと、怒るでもなし砂場に入ってきてまた一緒に遊びだします。それでお互い仲はよさそう。幼児は気まま、気まぐれです。

 大人の世界では、ゲームの途中で抜け出して他の事を勝手にはじめたりすることは許されません。約束が違う、ルール違反だとしかられます。ルールがない場合でも、これまでのやり方、生活のスタイルを変えるだけでひんしゅくを買う。「しきたりと違う。気配りが足りない。他に迷惑をかける」と。

 同時多発テロで航空旅客が激減し、それが引き金で老舗のスイス航空は倒産しました。日本でも沖縄行きのキャンセルが急増(修学旅行はほとんどストップ)し、沖縄は大きな痛手を受けました。狂牛病さわぎでも、たびたびの安全宣言にもかかわらず消費者の牛肉ばなれがつづき、焼肉店はがらがら。畜産農家は手の打ちようがありません。畜産農家、焼肉店は消費者の狂牛病の恐怖がうすれるのをじっと待つしかないのでしょうか。旅行のキャンセルも牛肉を買わないのも個人の自由ですが、日本では「一斉に」キャンセルしたり、買わなかったりする傾向が強いようです。自分なりに考えたあげくの行動であればともかく、大げさに報じるマスコミの話をうのみにし、あるいは周りの「空気」につられて、一番無難な選択としてそういう行動になっているように思われます。ものが売れるときも同じで、一夜にして大ヒット商品となるが、あっという間に消えていく。

 劇作家の斉藤憐さんは書いています[1]。「魚ばかりであまり肉を食べない我が家で、このところすき焼きやビーフシチューが食卓に載った。牛肉の値段が暴落したし、畜産農家や食肉業者のことを考えたって、牛肉を食べない手はない。

 …狂牛病対策の怠りや、事実をひた隠した政府の対応のまずさは問題だった。しかし、脳や回腸などを除けば安全だと説明されても人々は牛肉を敬遠し続けた。もちろん、解体の際に病原体が付着する恐れがないとはいえない。だが、その心配こそ非科学的ではないか。死者が百人を超えた英国で発病した牛は十八万頭。死者には習慣的に脳などを食べていた人が多く、感染した牛肉を食べたって発病する確率は低い。

 感染した牛が三頭見つかったといって大騒ぎするなら、肺がんなどの原因と言われている煙草や、糖尿病や心臓病の原因になる飽食をやめる方が先だろう。確率から言えば、牛肉を食べて死ぬより、家の前の道路で、携帯電話をかけながら運転する車にひかれて死ぬ方が高いじゃないか。…どうして僕たちはこんなに身勝手なのだろう…

 人々が大地震や戦争より狂牛病や航空機テロを恐れるのは、出くわしたら確実に死ぬからだ。しかし、僕たちは確実に百年後にはこの世界にいない。それがわかっているのに、あたかも無限に生きるがごとく汚職や脱税までして蓄財に励む人間とはなんなんだろう。」

 「風評被害」という言葉があります[2]。事実ではないのに、うわさによってそれが事実のように世間に受け取られ、被害を受けることを指します。1999年、東海村JCOで発生したウラン臨界事故では、事故後、安全性が確認された後でも、東海村では農作物の入荷拒否や価格の下落、旅舘・ホテルでの宿泊客の激減などで153億円もの風評被害をこうむったといわれます。また同年、番組「ニュースステーション」が行った所沢市の野菜についての不正確なダイオキシン報道で、埼玉県産の野菜が全国的な不買運動に発展したときも、地元農家が風評被害としてテレビ朝日に訂正放送を要求し、揖害賠償の訴訟をおこしました。

 筆者は、消費者の気まぐれは幼児と同じでないかと思うことがあります。サプライサイドはそうはいきません。それなりの作って売るシステムを準備し、人材、資源を投入し、時間をかけなければ物を供給することはできません。ゆれうごく消費者の気まぐれに追随しつつ弾力的にものを供給することは容易なことではありません。そして、気まぐれが「一斉に」一つの方向に集中すると、強固と見えたシステムも意外に簡単に壊れることを、スイス航空の倒産で知りました。わたしたちはみな消費者ですが、同時にサプライサイドにも身をおいています。幼児のように無邪気に振舞うだけでなく、まじめなサプライサイドにも目を向けた冷静な対応が必要ではないでしょうか。少なくとも時代の風潮の片棒をかついで煽ったり、マスコミの尻馬にのらないように気をつけなければならないと思います。筆者はささやかながらも事故後に、雪印の牛乳、茨城の干し芋、所沢の野菜などを買ってきました。

 いま、景気は最悪、先行きの見えない状態がつづいています。元凶はITバブルがはじけたためといわれます。たしかにケータイブームは終わりました。電車の中でこれ見よがしにケータイをかける若者も近ごろあまり見かけません。マスコミは、IT時代は終わった、今後はバイオだ、ナノテクだと騒いでいます。しかし筆者はITバブルも、その崩壊も多分に「風評被害」のひとつではないかと思います。そもそも「IT」自体2年ほど前に登場した新語で厳密な定義もありません。コンピュータを利用して情報の処理を効率化する技術全般を指し、従来から使われてきたコンピュータ技術、情報処理技術と本質的にはまったく違いはない、とされます[2]。それが機器の低価格化で急速に一般消費者にまで広がってITバブルを作りだしました。安くて便利なケータイは庶民にとって恵みの雨ですが、1年も立たないうちに買い換えるような経済がつづくわけがありません。地中にしみこむ能力以上に大雨が降って、畠の土まで押し流されたようなものです。

 ただITはマスコミのトップ話題ではなくなりましたが、その重要性が失われたわけではありません。筆者は降った雨が地面にしみこんで作物を育てるように、じっくりしたIT普及がこれから進むと思います。元マイクロソフトジャパン社長の成毛さんが面白いことを言っています[3]。「…昨年5月に退社し、今は成熟産業の会社への投資とコンサルティングの仕事をしている。マイクロソフトを辞めた理由はIT産業の成長は限界だと思ったからだ。IT産業の成長が鈍化したのは、大きくなりすぎたためだ。従来並みの成長を続けると、10年後には世界はIT産業だけになる。そんなことはあり得ないから純化すると考えた…

 ITは企業の合理化を進める効果がある。米国ではIT産業が伸びると同時に、ITを使って他産業が雇用を減らした…」

 IT産業は既に成熟した産業、規制緩和産業、メディカル全般、運送・ロジスティツクス、金融や、今後高成長が予想される産業、ポストゲノム、水資源、新エネルギー開発、統合メンテナンスなどの産業の合理化、つまり「他産業の合理化手段」として、ペースはゆるやかながらも着実に発展していくでしょう。そしてこの分野では日本の過去の大きな技術蓄積が活きてくるものと筆者は信じています。

[1]斉藤 憐「危険神話」(日経01/12/14)
[2]「風評被害」(イミダス2001)
[3]成毛 真「雇用創造への挑戦」(朝日01/12/13)


「はい、首を曲げて手を伸ばす」
子供たちそれぞれのしぐさ。きれいに揃わないところが面白い。

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