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JPCA NEWS 2002.2 JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号 「落差と安息角」 |
アフガン復興支援会議でのカルザイ議長のスピーチ、「私は何もない国、荒廃と戦争以外に何もない国から来ました。出席者は今朝、きれいな洋服を着て温かい朝食をとったでしょう。だが、思い出してほしい。わが国には子供を学校にやれず、治療を受けることもできない何百万人もの人々がいるのです・・・」。テレビには、街に出て音楽を楽しむ市民、テレビ、ラジカセなど電気製品が飛ぶように売れる明るいカブールの風景が映るようになりました。その一方で、草1本ない荒野、崩れ落ちたまま放置された建物が果てしなくつづく映像も流れます。 阪神淡路大震災から7年。被災した宝塚歌劇団理事長、植田さんが書いています「激しい地鳴り、ゴーッと押し寄せる怒涛のような音、ドンと下から突き上げる揺れ、スパークの閃光、落下物が横に飛ぶ。・・・多くの人々が悲しい犠牲になられた。悔やんでも悔やみきれない。しかし、それ以上にショックなことがあった。さすがにその当日は別にして、次の日には大阪の盛り場のひとつである北の新地ではネオンも明るく平常どおり。神戸から数十キロしか離れていない。・・・生活のためには仕事をしなくてはならないことは理解しているつもりでも、あまりに大きいその落差に信じられない思いがした」[1]。 香港で、山沿いの道路から見上げると、高いところに高級住宅地が広がっています。その道路のすぐ下には貧しいトタン屋根が押し合うようにうずくまっている。こんな近い距離に大きな貧富が同居しています。 物、お金、技術が世界中を動き回る今日、一国だけで閉じた経済社会を維持していける国はありません。抵抗してもグローバリゼーション、規制緩和の流れを停めることはできません。しかし世界中から規制が消え、なんでも自由に行き来できるようになって、ほんとに世界は一つ、一人ひとりが平等で幸せ、という時代がくるでしょうか。筆者はそんな社会はまず来ないと、ある生態学の実験から推測します。「培養液の入ったフラスコの中に竹の煮汁を少量入れ、1日12時間、蛍光灯を照射する。日にちが経つと、バクテリア、原生動物、クロレラ、らんそう、ワムシの順に発生し、最後にイトミミズが出てくる。ここで系の遷移は完了し、系は安定する。この小さな系を宇宙に見立て「ミクロコズム」と呼ぶことにした。不思議なことに成熟相に達すると、それまで大きなかたまりをつくっていたらんそうは分散して、直径2〜3mmの集落をつくるようになる。集落は互いにほぼ同じ距離を保ってフラスコの底にパッチ状に分布するのである。集落の一つひとつにはほぼ定まった数のイトミミズ、ワムシなど動物、植物、微生物の1セットを収容している。液状部(集落と集落の間)にはあまり生物はみとめられない。この系に放射線(コバルト60)をあてたり毒物(銅)を加えたりしたときの系の安定性をみると、遷移の初期や幼若期の相にあてた場合にはごく少量で系全体が死ぬが、成熟相にあてると一部が死んでも系は生き残り、再生する」[2]。 中国が急速に発展しています。その勢いに押されて、日本は呑みこまれるのではないかという不安が広がっています。規制緩和が進んだ末の日中ミクロコズムの成熟相はどんなものになるでしょうか。 表は日本、中国の経済指標の一部です[3]。中国はGDP、輸出額の全体では日本に急速に接近していますが、1人あたりGDPでは44倍の大きな格差があります。また、中国内でも上海と内陸部の格差は12倍もあります。 |
| 日本 | 中国平均 | 上海 | 中国内陸 | |
| GDP(億ドル) | 48,000 | 11,000 | ||
| 外貨準備高(億ドル) | 3,546 | 1,656 | ||
| 輸出額(億ドル) | 4,200 | 2,500 | ||
| 1人あたりGDP(ドル) | 38,000 | 855 | 4,000 | 340 |
| 人口(億人) | 1.26 | 12.87 |
さてこのような大きな格差が、あらゆる規制をなくしたとして、簡単に解消できるものでしょうか。仮に日中の障壁がゼロになったとしてGDPがプールできるとすると、日本の1人あたりGDPは現在の1/9に下がる計算です。日本ではいま、痛みに耐えること、収入ダウンも覚悟を、といわれますが、GDPを1/9まで落とすことは不可能なことです。中国についても沿海、内陸の格差はなお拡大がつづいているといわれます。内陸部から沿海部へと人口移動の圧力が高まるのは当然でしょう。 世界中いたるところに、現に格差が存在します。一般に、格差はあってはならないもの、公平、正義に反するとされています。その一方、格差がいずれ完全に解消できるとは誰も思っていない。また上の生態学の実験に見るように均質、平準な社会が安定な社会とは思えません。日中間の格差が、あるいは上海と内陸部の格差が、水が落差を流れて水平になるように短期間に消えてなくなるということはあり得ません。社会全体の安定のため、双方が多少の痛みは覚悟し、努力するにしても。それぞれの置かれた環境、資源、成長率などを用いて計算すれば容易に理解できます。そうかといって、水の奔流をとめるためダム(規制)を築いて格差の維持をはかることも、グローバリゼーションの時代には許されないし、不可能なことです。 格差を残し(残り)ながら、ダム(規制)は設けない、そんなシステムがないのか。筆者はあれこれ考えてみました。図は正月休みに行なった簡単な実験です。米2合を上から少しづつ落として円錐形の山を作ります。できた山の傾斜角が「安息角」です。あり地獄は乾いた土にすり鉢状の陣地を作り、その底に潜んで、すり鉢を落ちてくる獲物を捕らえて生き血を吸います。そのすり鉢の傾斜も安息角になっています。三輪先生は印象的に書いています「流動性のよい粉体の斜面には、ある限界角がある。この限界角を少しでも越えれば斜面は崩れる。限界角ぎりぎりの斜面上の粒子は、ひとときの安息を得ているので、この限界角のことを安息角という。松本清張の小説に一節「男というものは、絶えず急な斜面に立っている。爪を立てて、上にのぼって行くか、下に転落するかである。不安定な位置だった。社会の、あらゆる階層のたいていの男がそうだった」ように」[4]。筆者が測った安息角は、米粒の山で35°、スティックシュガーでも35°でした(なお、エジプトのピラミッドの角度は43°〜52°)。要するに液体は落差ゼロまで流れてしまいますが、粉体では安息角以内であれば斜面を維持できるのです。斜面を支えているのは粒子です。前後左右の粒子同士はお互い数ヶ所で接触し、力を及ぼしあっていますが接着はされていません。このようにしてばらばらの粒子が山をつくり、斜面を支え、山を支えているのです。筆者は、社会のいたるところに見られる高度の違いは1粒1粒の粒子が無数に集まってつくる斜面によって橋渡すことが出来ると思うのです。2.5トンもの石材を230万個も斜道を利用して運び、146メートルものピラミッドを築いたように。砂の山では粒の1個1個がわずかながらも落差を支えています。同様に社会の格差(ひずみといってもよい)も1人ひとりが少しずつ分担し合って支えなければならないのでしょう。強固なコンクリートダムに守られて高い水面を保つのではなく、それぞれが安息角よりゆるい斜面のどこかに位置し、そこで踏ん張って生きていく。斜面を登ってくる人もいれば、斜面からずり落ちる人もいる。このような斜面の道が日中間にも、上海、内陸部の間にもでき、ゆっくりと平準化がすすむ。しかしそれぞれの国で何百年もかけて形成され、成熟した集落は、変質しながらもこれから先も生き残っていく、また残さなければならないと筆者は思います。 |
| [1] | 植田紳爾「阪神淡路大震災」(日経02/1/16) |
| [2] | 栗原 康「有限の生態学」(岩波新書) |
| [3] | 「1人あたりGDP。日本と中国」(日経02/1/13) |
| [4] | 三輪茂雄「粉と粒の不思議」(ダイヤモンド社S57) |
