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JPCA NEWS 2002.7 JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号 「追いつくと追い越す」 |
雨上がりの坂道。水がどこからか湧き出して坂を流れます。湧き出し口から少し下がったところから流れに縞模様ができはじめ、ほとんど形を変えないまま一定の速さで坂を降って行きます(図)。微妙にゆれながら流れていく模様は見ていてあきません。なぜ坂の途中から流れに模様ができてくるのか、そのしくみが気になっていました。このごろやっとその理屈がわかりました。わかってみると、理屈は水の流れだけでなく、経済、社会現象にも通じるものがあると思うので以下に紹介します。 「追いつくと追い越すは別」、追いつくは易しく、追い越すはむつかしいということです。坂道を流れる水についていえば、地面に接して流れる水は流れにくく、流速が小さい、水の上を流れる水は抵抗が少ないので速く流れます。その違いが流れに縞模様を作り出すのです。はじめ均一に流れていた水の流れが、地面のわずかなでこぼこで流れにむらが生じると水面に凹凸ができます。水位が下がって地面に近づいた部分では流速が落ちて流れが滞り、水のかたまりができます。一方、水位が上がった部分は速く流れて、先を流れて行く水のかたまりに追いつき、合流してその山はさらに高くなります。水が前の集団に向けて流れ去ったあとには地面が現れ、そこでは流速がまた遅くなり、新しい水塊が生まれます。このようにして水面に次々に水塊の山が生まれ、連なって縞模様となり坂を降っていくのです。
このような現象は他でも見られます。寺田寅彦は東京の市電がダンゴになってやってくるのを観察し、その理屈を考えました。要するに、1台の電車が少し遅れると、それを待つ乗客が増える。すると乗り降りに時間がかかり電車はさらに遅れる。後続の電車は乗客が少なくなるためどんどん進んで前の電車に追いつき、ダンゴが生じるのです。このような現象は、日頃バスを待つひとたちが経験することであり、高速道路の車の列も同じ理由でダンゴになって走っています。マラソンで何十人ものランナーがいくつものかたまりに分かれて走るのもこのような理由があるのでしょうか。マラソンでも自転車でも、かたまりの先頭を行く走者の受ける空気抵抗は2番手、3番手の走者より大きいので、先頭を走るより先頭について走るほうが有利だそうです。 波には、1個の山が高さ、形を変えずに数キロメートル先まで進んでいく「ソリトン(孤立波)」と呼ばれる現象があります[1]。山がくずれないのは、山の先頭部分の速度が、波高のピーク部の速度より遅く、ピーク部が後から先頭部を追っかけていくからだそうです。光ファイバーを使った長距離通信の伝送容量を増やすためにソリトンの原理を使うことが研究されています(もう実用化されているか)。この場合も、ファイバーに入射した光パルスの走行速度が、先頭部より後続部の方が大きいような条件を選んでやると、光パルスは減衰せず、条件によっては光パルスをより狭く鋭いものにすることも可能といわれます。ソリトンは先頭と後方ではスピードが違うという「非線形」の物理現象で、いたるところに見られます(挿絵)。坂を流れる水の流れやダンゴ運転もソリトンの一種といえるかもしれません。 文明や経済発展の中心は時代とともに移っていきます。近代以降をとっても、ヨーロッパからアメリカに移り、日本を経て中国に移るというのがハンチントンの「文明の衝突」の主題です[2]。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とはやされた日本も、いまは経済成長ほとんどゼロ、生産拠点のとめどない中国移転、海外からのきびしい評価、論調に日本全体が自信を喪失しかけているかのように見えます。一方、中国は8%前後の成長を今もつづけています。日本、中国のGDP比は4倍強あるので、今後、成長率の差8%がずっとつづいたとしても、中国に追いつかれるまでにはほぼ20年かかります。中国の1人当たりGDPが日本並になるまでには50年かかるかる計算です。この年数を長いとみるか短いとみるか。私には意外に短い期間と思えます。日本は戦後、廃墟から立ち上がり、いまや勢いは衰えても世界第二の経済大国になりました。ここまでくるのにたった50年です。日本の復興、成長が奇跡といわれるゆえんです。20年、50年は人の一生から見れば長い年月です。まして企業で働く人々にとっては、5年先は遠い未来に属し、1,2年の成果が求められるでしょう。しかし国の施策では50年、100年先まで考えて欲しい。 人は中国の成長スピードにおののきます。それは確かに驚異的です。しかしそのスピードがいつまでもつづくとは思われません。中国のいまの高成長は「追いつくスピード」です。中国はいずれ日本に追いつくでしょう。しかし「追いつくスピード」で「追い越す」ことはないと筆者は考えています。戦後日本は技術導入で成長しました。アメリカ、ヨーロッパに詣でて新技術をあさり、それを導入、消化して、改良を加え、品質を上げて量産し、それを輸出して外貨を稼いできたのです。品質管理の手法もアメリカから輸入しました。プリント板も昭和40年代、欧米の著名なプリント板工場を大挙して訪れ新技術を捜しました(最初鷹揚に教えてくれた外国企業もそのうち日本を警戒するようになりましたが)。 中国の高度成長の原動力は技術導入でなく外資導入ですが、成長パターンは日本に似ています。海外で開発された製品を、最初は低コストを武器に、そのうちに品質でも負けないものを大量生産して輸出するというパターンです。日本は池田首相の「10年で所得倍増」を目標を掲げて努力し、それを達成しました。これは年率7%の成長に相当し、中国の8%に近い数字です。日本はこうして1人当たりGDPで世界のトップレベルに追いつきました。しかしそのスピードで欧米を追い越すことはできませんでした。経済が世界の先頭集団に入る頃から経済成長は急減速を余儀なくされました。しかし追いつきパターンの経済から先頭集団型の経済への移行はなかなか進みませんでした。ここから先にはモデルはなく、自分なりに考え試行錯誤で進むしかない。当然スピードは落ちる。高度成長に慣れきった社会構造は変わらざるを得ませんが、それにともない食えない人も出てくる。その面倒も見なければならない。ひずみは大きく、調整には時間がかかります。日本の現状はいまなおその調整に苦しんでいるのだと思っています。高度成長から20年以上、バブル期から10年経っていても、成熟にはもっと時間がかかるということでしょう。 先頭集団に入って何が変わるでしょうか。乾いた地面やガラス窓を水が流れる様子を見ると、まず水が地面にしみこみ、水滴の小さなたまりをつくります。少しずつ水が流れてきて、たまりが大きくなり、ある大きさに達すると傾斜に沿ってすっと水が流れる。これの繰り返しで水は流れていきます。経済の場合も同じで、先頭集団の経済は、溜まっては流れ、溜まっては流れのパターンになるでしょう。ゆるやかな傾斜の地面やガラス窓では水滴がどちらに流れるかもわからない。日本は急成長を遂げて、欧米に並ぶ先頭集団に入りました。中国も台湾、韓国もいずれ同じく先頭のかたまりに入ってくるでしょう。そしてどの国も経済成長のスピードは落ち、日本と同様の痛みやひずみを抱えながら日米欧と同じ舞台で競争することになるでしょう。そして先頭集団に入ってしまえば先に入った、後から入ったは関係なく、地力のある誰かが新しい進路をひらくと、それに向かって先頭集団が一気に動いていくのでしょう。 水面にできる波のソリトンでは波高が高いとスピードが速くなります。中国の勢いがあまりに強いと、先頭集団に合流するのではなく、それに覆い被さってくることにもなるのでしょうか。わたしたちは中国が追いつくことを怖れてはなりません。できれば先頭集団の一員として互いに競い合うようになって欲しい。また私たち自身は競い合うことのできる地力をつけたいと願っています。 |
| [1] | 坪井泰住「ソリトンとは何か」(講談社ブルーバックス) |
| [2] | S.ハンチントン「文明の衝突」(集英社) |

挿絵 サーファーはソリトンの波に乗る。大波に呑まれないようにしたい。