|
JPCA NEWS 2002.11 JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号 「効き目の評価、欠陥の評価」 |
ダイオキシン対策としてノンハロゲン材料の採用が始まっています。しかし、それによる思わぬ不具合が広がって電機業界は今大きく揺れています。発端は「富士通HDD(ハードディスクドライブ)の不具合」です。富士通製HDDの一部機種が、使っているうちに異常な確率で故障するというのです。問題になり始めたのが昨年6月、しかし原因がなかなかわからない。メカや回路の不具合から調べていったが異常はない。原因が使用したLSIに、それもチップ自体ではなくLSIの封止剤にあることがわかるまでにはかなりの時間がかかったとのこと[1]。この機種は富士通社内だけでなく、東芝、日立、日本IBM、NECなど20社ほどに供給されていて、富士通は製品を順次無償交換してきましたが、その費用は100億円を超えるといわれます[2]。富士通はこのLSIのメーカーCirrus社を訴え、Cirrus社はLSIを組み立てたAmkor社を、Amkor社は封止剤メーカーの住友ベークライトをそれぞれ訴えるという訴訟合戦になっているようです。
さて、このLSI封止剤の何が問題だったか。それは樹脂の難燃剤として従来使用されてきたBr(臭素)の代わりに、ダイオキシン発生のないP(赤リン)が使われていたことといわれます。LSIの端子には銀が使われています。銀はイオンマイグレーションをもっとも起こしやすい材料です。イオンマイグレーションとは高湿環境下で、導体間に電圧がかかっているとき、プラス側の導体から金属が溶け出してイオンとなり、マイナス側導体に向かって移動して析出し、鍾乳洞の石筍や樹氷のように金属が成長して、ついには導体間をショートさせる現象です。マイグレーションは湿度が高いほど、導体にかかる電圧が高いほど進行が速いこと、また電解性物質が存在するとマイグレーションが大きく加速されること、これらは昔からよく知られていることです。今回の場合、添加した赤リンが高湿下で電解性のリン酸となり、マイグレーションを加速したと考えられています。リンの溶出を防ぐため、赤リン粒子の表面には耐湿保護膜がコートしてあるのですが、その保護が不完全だったらしい。
それにしても、と筆者は思うのです。いずれも名だたる材料、機器のメーカーです。材料を切り替えるにあたっては十分な試験をしているはずなのに、と。封止剤メーカーは「赤リンが不安定であるとの認識はあったが、顧客からの脱ハロゲン化の要求のほうが強かった」といっているそうです。そして、この封止剤は顧客から指定された試験法に従って試験し、それに合格しているのだからメーカーとしての落ち度はないと主張している。一方、買手側は契約書にある条項「欠陥のない製品を供給すること(shall be free from defects in workmanship, material, and manufacture)」を盾に争う構えのようです。
事故に遭遇したHDDユーザーの反省の言をいくつか以下に紹介します[1]。「機器出荷前の試験が甘かった。こんな不具合事例がなかったから。部品に使う材料選定や部品メーカーの内部で行う信頼性評価項目などは基本的に各メーカーに任せていた。評価項目が甘かったかもしれない」「信頼性試験に落とし穴があった。高温多湿な状況で、さらにパソコンを長時間使用した後,長時間使用しないといったときに発生しやすいような気がしている。残念ながら,我々が実施していた加速試験、部品メーカーに課していた信頼性試験では、こうした状況は想定していなかった。つまり、長時間の使用は加速試験できても,その間に入る長時間の未使用状態は加速できないからだ」など。
そして、今回の事故を機にとろうとしている対策として、「プリント板を取り外して,単体で高温多湿環境下の加速試練を追加する」「部品、材料に関する情報を入手する。部品メーカーの部品・材料選びにも積極的に口を出す」「部品メーカーに対して長時間使用した後、長時間不使用となる場合の信頼性試験を要求する」「ユーザーと同じ使用状態に置いて調べる。コストは多少かかるが仕方ない」「LSI封止剤や被覆材料の選定への関与を深める。パッケージをすりつぶして、我々自ら元素分析し、信頼性を確認できた材料を使う」などが挙げられています。
富士通がCirrus社から購入したLSIは400万個とされ、それが原因で富士通がこうむった損害は上述のように100億円を超えるといわれます。LSI単価1000円として40億円。一方それに使用される封止樹脂はざっと1グラムとか。封止樹脂1キログラムあたり1万円とみても、LSI1個あたりたったの10円です(単価はいずれも筆者の見当)。400万個分でも4000万円にしかならない。売上高に比べて事故の大きさにおどろきます。住友ベークは1996年の発売以来約1000トンの封止剤を販売したとされます。1チップ1グラムとすると10億個分に相当し、富士通分は氷山の一角に過ぎない。大量の「不具合予備軍」が市場に潜んでいるのでは、と心配されています。
以上は富士通HDD不具合の原因となったLSI封止剤の品質問題です。しかしこのような信頼性事故の発生と広がりは、そのままプリント板に起こってもおかしくないのではないでしょうか。HDDユーザーでは上記の試験法不備、外注先任せ、情報不足を反省し、各社とも急ぎ対策をとりはじめました。プリント板はパターンのファイン化がすすみ、マイグレーションなど信頼性要因がシビアになる一方で、コスト削減が優先して生産品の信頼性確認は以前に比べかなり簡略化されているのではないかと思います。かつてはNTT(旧通信研究所)、大手電機メーカー、IPCなどでは何年にもわたってプリント板の信頼性試験が行なわれたものでした。認定材料以外は使ってはならない、製造工程を変更してはならない、等々、規制もきびしかった。保守的なまでに材料や工程の変更に慎重で、それが新しい材料やプロセスの導入を遅らせた面もありました。しかし今はコスト、コストで、新材料、新プロセスも最初の評価試験は行なっても、あとのフォローは発注先任せとなっていないでしょうか。プリント板メーカーに材料の分かる人が、プリント板ユーザーにプリント板の製法、技術に詳しい人が少なくなったとも聞きます。こうしてメーカー、ユーザー間の情報の垣根が高くなり、一方的に価格や環境対応などの要求を押し付けるだけになっては、信頼性の不安はさらに高まっていくでしょう。HDD不具合発生の背景にはエレクトロニクス産業の水平分業化があるといわれます[1]。機器開発の例では、機器の開発、HDDの開発、LSIの開発、LSIの製造、材料の開発とたくさんの階層、企業に分かれてしまし、直接取引の相手同士の情報交換はできても、離れた階層の間では情報交換がままならなくなったとも指摘されています。上に紹介した、機器メーカーが「自ら信頼性を確認できた材料だけ使う」という対処の仕方も、今日では容易なことではないでしょう。
結局、大切なのは、それぞれの業種が自身の信頼性項目だけでなく、上流、下流業種の信頼性項目、課題にも目をくばること、そしてそれができる人材を育てることでしょう。そしてどの階層のユーザーも、価格でも性能でも何かを要求すれば、しばしばそれ以外の何かが犠牲にされることを理解することが重要でしょう。筆者はかつてある客先に「材料の改質など簡単にできるものではない。改質のため何かを添加すれば、物性の何かが悪くなる。できるだけ使い方を工夫して使って欲しい」とお願いしたことがあります。
新薬開発と同様、新材料の開発でも、効き目の評価は比較的容易にできても、欠陥の評価は難しいものだ、とあらためて思いました。
|
| [1] | 「富士通HDD問題はなぜ起きたのか」(日経エレクトロニクス2002.10.21) |
| [2] | 「富士通HDDに不良品」(日経02/9/13,02/9/14など) |

樹氷「えびの尻尾」。その形は空気中の水分、風向、風速、外気温により微妙に変化する。予測はすべて難しい。