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JPCA NEWS 2003.1 JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号 「垣根と競争」 |
最近、中国と韓国のプリント板メーカーで何年も品質指導にあたってこられた二人のベテラン技術者から中国、韓国の工場の人たちの考え方、気質ついて聞く機会がありました。日本は経済の低迷が長く、経済以外でも自信喪失気味。一方、中国、韓国は経済が順調であるだけでなく、希望と自信にあふれ、勢いが違います。このままでは日本経済は沈没してしまうのではないかと多くの人が心配しています。コストは圧倒的に中国が安く、品質も急速に向上、開発力もついてきたと報じられると、日本の電子産業の生き残る道はあるのか、国内メーカーの出る幕はなくなるのではないかと不安になります。
日本の競争力はまず品質で、とだれもがいいます。しかし日中間にはっきりした品質格差があるのか、あるとすればその理由は何か。講演者に中国の品質について話して欲しいとお願いしたのはこのような趣旨からでした。その話では、中国人の品質管理、品質保証の考え方は、@不良数だけ多く納めればよい、A客先でもめなければクレームでない、B保証期間持てばよい、など。そして一様に日本の製品は品質過剰という、とのことでした。講演者が「もし日本製が品質過剰なら、コストアップで日本のメーカーはつぶれているはずだ。つぶれてはいないのはその品質が求められるからだ」と説いてもなかなか理解しない、ということでした。
中国、韓国の工場人の気質は総じて、決められたことが守られない、自分が悪いとはいわない(人のせいにする)、管理者が現場に行かない。その一方、まず従業員が若い、学卒が優秀で熱意、馬力があり勉強する、などのようです。講師に質問しました。「中国人の品質管理、品質保証の考え方は、少し前のアメリカ人の考え方とそっくりではありませんか(今は?)」「その通り」。「人の気質は変えられるものですか」「納得すれば変わる。納得させるには、理論武装と『やってみせる』ことが必要。そして相手に嫌われたらダメ、親友になることが大事。そのためには努力が要る」。「言って聞かせ、やって見せ」は山本五十六が愛用した言葉であり、粗悪品の代名詞だったメイドインジャパンを高品質ブランドに引き上げた日本の品質改善活動の手法そのものです。そしてその考え方を日本はアメリカから学んだのです(それまでの日本は「現物あわせ(相手に合わせる)」が得意で、品質をそろえる、互換性などという考えがなかった)。講師のこのような努力で中国工場の意識は変わり、品質も確実に上がってきたそうです(その功績で中国外国人友好賞を受けられました)。要するに、気質は環境、教育によって変わる、変えられるものだ、国民性の違いなどにしてはならないということです。中国に進出したある金型メーカーの社長さんが「中国奥地から出てきた人たちが『働く』ということを覚えた」といったのを思い出します。
日中韓の交流は経済だけでなくスポーツなど広い分野で進み、心理的にもバリヤーが低くなったことを実感します。昨年11月、日中韓首脳会合で中国の朱鎔基首相は「日中韓を自由貿易地域にすることには意味がある」と発言しました。2001年からスタートした日中韓共同研究の責任者、阿部さんは経済交流が確実に経済統合に向かっていることを数字(図)で示し、次のようにいっています[1]。
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「日中韓の経済統合が実態として進んでいる。それは政策的に作り出されたものというよりも経済の自律的な動きである。地域住民や地方自治体がもつような「空洞化」の懸念は大きな問題であるが、企業自体の立地選択として、中国への移転を志向することは押しとどめがたい。今後、高齢化が進み、労働力が不足する日本としては、中国の巨大な労働市場を利用できるのは大きなメリットでもある。ただし、分業進展の過程で縮小を余儀なくされる産業部門が今後確実に出てくる。(傍線は筆者)」 EUと同様、地域的な経済の統合が進むのは時代の流れなのでしょう。それにしても現時点での日中韓経済指標の大きな違いにはおどろきます。以下は筆者が2,3の統計数字から作成したものです。 |
| 日本 | 中国 | 韓国 | 3国をプール | |
| ------------------------------------------------------------------------------ | ||||
| 人口(百万人) | 126 | 1,131 | 45 | 1,302 |
| 同39歳以下 | 63 | 833 | 31 | 1,064 |
| GDP(百万US$) | ||||
| 2001 | 3,260 | 959 | 422 | 4,642 |
| 1人あたりGDP(US$) | ||||
| 1984 | 18,000 | 180 | 2,500 | 1,988 |
| 2001 | 25,837 | 849 | 9,423 | 3,567 |
| 年平均伸び率 | 2.2% | 9.6% | 8.1% | 3.5% |
これによると、中国の人口は日本の10倍、GDPは1/3です。従って1人あたりGDPでは1/30に過ぎません。しかし私たちはこの数字を当然のことと考えてはなりません。
著名なエコノミスト榊原さんはいっています。「...グローバリゼーションとは、中国、インド、それからロシアという国々が再び世界経済に参加してきたことなのです。中国、インドの再登場が、現在の世界経済の構造を大きく変えている。1820年(欧米の帝国主義がアジアを席捲し始めたころ)でも、中国とインドのGDPを合わせると世界のGDPの45%だったのです。中国とインドのそのときの人口は世界の人口の55%ですから、1820年時点で世界最大の経済大国は中国だったわけです。その次がインドでした。
中国とインドは、この150年〜200年の間に、西欧の勢いの中で衰退していったのですが、それが再び世界経済に参加してきた。グローバリゼーションをそういう認識で理解するべきだろうと思います [2]」。
榊原さんはさらにいっています。「『メイド・イン・チャイナ』を書いた黒田篤郎君は、中国を一言で表現すれば競争の国だ、と言っている。工場の中でそれぞれの工員が競争をしている。企業間競争も激しい。珠江デルタが長江デルタと競争し、華北の産業クラスタが他の地域と競争している。」
中国内の地域差も大きいようです。以下は印象的な記事の一節です。「温州みかんで日本人に親しまれる淅江省温州市。いまや『温州モデル』とされる経済の先進地域だ。温州人は商売が上事で『中国のユダヤ人』と呼はれる。一説によれば、温州の就業人口の約半分が職業欄に「社長」と記入するという。
忘れられない光景が脳裏に焼きついている。80年の冬の北京。北風が肌をナイフで切りつけるように寒い。四つ角で靴修理の少女が風に向かって座っている。すこし下がれば壁が風よけになるよ、と地元のおばあさんがすすめた。しかし、温州出身の少女は『下がると、壁に隠れて東西方向の通りを歩く人しか私が見えない。ここなら、南北の通りからも見える』。これが温州の実業家が歩んできた創業の道だ。いまや北方の出身者が、靴製造の仕事を求めて温州にやってくる。」[3]
いずれ日中韓は統合(自由貿易地域)に向かうでしょう。そこで日中韓をプールした経済指標を計算してみました(上表の右端)。1人あたりGDPでみると、この17年の平均伸び率は3.5%ですが、まずリーズナブルな数字でしょう。今後も中国や韓国が元気で日本だけが沈んでいく、と考える必要はなく、先行した日本がいくらか足踏みし、中国、韓国が追いつきつつ3国あわせてこの程度の成長がつづくと考えればいいのではないでしょうか。日本は敗戦直後、食うや食わずやの生活でも今想像するほど世相は暗くなかった。リンゴの唄が街にあふれた。ある先輩は「空襲の心配がなくなり、家に電灯を点けていられるようになってよかった。そんな時代を思えば、多少暮らしが不自由になっても何とかなる、という自信がある」といっておられました。中国では高度成長とともに所得格差も広がっており、それを懸念する声もあります。しかし、当の中国人は今の所得格差にあまり不満をもっていないようです。改革開放以前の悪平等、貧困、苦しみに比べたら今の方がずっといい、と[4]。
とはいえ、表に見られるように、いま3国の垣根を完全に取り払えば、日本の1人当たりGDPは現在の14%に下がってしまう計算です。それは洪水に押し流されるようなもので、今生きている日本人にはまず耐えられません。榊原さんはいっています。「日本人は乱世にあまり強くない。日本の失敗は、成功したことが最大の原因です。」私たちは乱世を覚悟しておかなければならないのでしょう。
日本はこれまでアリ一匹通さないコンクリート塀で国内を保護しつつ、強い部門だけで国力を高めてきました。これからはあるていど垣根を残しながらも、行き来がしやすい生垣に変えていく必要があるのでしょう。そうすれば垣根を通って風が流れ、垣根の下にも花が咲くでしょう。
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| [1] | 阿部一知「日中韓『実質統合』進めよ」(日経02/11/29) |
| [2] | 榊原英資「今後の日本経済」(学士会会報2002W) |
| [3] | 莫 邦富「『中国のユダヤ人』に学ぶ」(朝日02/11/16) |
| [4] | 「中国の所得格差と社会安定」(Chinese Puzzle 02/06/23) |

「生垣のある風景」