JPCA NEWS 2003.3

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「素材の力」

 スペースシャトル「コロンビア号」の事故、韓国地下鉄の火災など大事故がつづきました。そのたびに当事者の責任がきびしく問われます。スペースシャトルでは打ち上げ時に剥がれた断熱材(1.2kg)が翼に衝突したのに、危険をもたらすものでないと判断したNASAの責任が問われています。NASA内部でも事故より前に左翼・車輪の損傷の恐れが指摘され、緊急脱出の準備をするかどうかで激論が交わされた末、「仮定の話だ。無事な帰還を期待しよう」で終わったそうです[1]。

 死者200人を超える惨事となった韓国では、地下鉄公社のずさんな対応が事故を拡大させた「人災」として、運転士、運転指令室、機械設備室の職員が逮捕されました。「運転士がドアの開閉に必要なカギを抜いて避難して、乗客が閉じ込められた」「指令室の3人は監視カメラが猛煙の映像をとらえているのに見逃した」「機械設備室では火災発生の警報が鳴ったにもかかわらす誤作動と思って無視した(職員は、警報機はいつも誤作動ばかりで、この日も無視した、と供述)」[2]。地下鉄の車両、駅舎の設計にも問題があったと指摘されています。車両に燃えやすい材料が使われていた、火災時の煙の流れが煙突効果で1ヶ所に集中する駅舎の構造、など。

 確かに対応はお粗末であり、設計にも問題があるようです。その一方、こんな危険は日本にもいたるところにあるのではないか。また、自分が放火の現場にいたらマスコミのいうように的確な判断と行動ができただろうか、と考えてしまいます。そして、ジャンボも新幹線も銀行システムも日々ほとんど事故なしに運用されているのは奇跡に近いことだと感心し、運用する人、裏方で整備にあたる人のご苦労に感謝したい気持ちになります。韓国の事故で火災発生の直後に駆けつけたベテラン消防隊員が「牛乳びん1本の油とたった1個のライターでこんな惨事が起こりうるのか。対応に不備はなかったか」とつぶやくのは分かります[1]。しかしそれをすぐ「人災の疑い」と報ずるマスコミの姿勢にいつもながら違和感をおぼえるのです。当事者に責任があることは当然ながら、マスコミ報道には現場、末端の人たちの日々の仕事、苦労に対する理解、共感がうすい。

 日本のロケット開発も散々たたかれました。責任者であった五代さんはいっています。「H-Uの初号機打ち上げのとき。発射台から機体をはなす作業をしているときに、ある技術者が、エアコンのダクトからごくわずかなカゲロウがたっているのを、10メートル以上も離れた場所から見つけたのです。それですぐに整備作業をやり直してダクトを交換し、その後ロケットは打ち上げに成功しました。あとで調査したところ、交換前のダクトにピンホールが見つかりました。海の近くですから、どうも腐食があったようです。問題は、打ち上げが成功した直後のことです。あるメディアがこれを「作業ミス」だと報道したのです。打ち上げ成功よりそちらのほうの扱いが大きくなった。私はカゲロウを見つけた技術者に、非公式に表彰状を渡して、お礼をいいました。そっとほめ、静かにお礼をいわなければならなかった。これが日米の差、怒りよりも悲しくなりました。」[3]

 コロンビアの事故のシーケンスは壮絶です(時刻は日本時間、数字はおおよそ)。
22:15軌道離脱噴射高度283km 時速26,500km(マッハ25)
22:45大気圏再突入〃 183km 〃 26,500km(マッハ25)
22:55最大加熱〃 70km 〃 24,200km(マッハ23)
22:59信号途絶〃 62km 〃 20,000km(マッハ18)

 この短時間のうちにシャトルは姿勢を変えて耐熱タイルを張った腹を進行方向に向け、秒速7000メートルで大気圏に突っ込んでいきます。そして1200度を超える灼熱をくぐって地球に戻ってくるのです。地球の周りをマッハ25で飛ぶシャトルがロケットなしに地球に戻ってくるにはこれしか方法がないのでしょうが、いかにもきわどい方法に思えます。事故原因の究明は時間がかかりそうですが、外野からは無責任な批判や批評がいっぱい出ています。たとえば、「ついに破局に至った『スジ』の悪い設計。『良い機械設計』の原則をすべて破る」[4]。しかし開発には時代背景があります。シャトルの開発は1972年、アメリカの威信をかけてスタートし、10年、100億ドルをかけてやった開発です。日本の新幹線誕生が1964年、超LSI登場が1978年です。願わくば、事故原因を当事者の単なる「たるみ」、「怠慢」あるいは「もともと設計が悪い」と片付けないで、今後の改善につながる前向きの提案をしてもらいたいものです。

 ところで、今や静止衛星がいくつも打ち上げられる時代です。 高さ約3万6000キロメートルの静止衛星から地球までハシゴを下ろして、それを伝ってゆっくり降りてこれないものか。それができれば危険な灼熱地獄を通らなくても人工衛星から降りられ、大掛かりな使い捨てロケットを使わなくても安全かつ経済的に宇宙と地球を往復できるのではないか。筆者もそんなことを考えたことがありますが、まず無理と思っていました。理由はそれに使えるほど丈夫なハシゴが作れないのです。

 数年前、山歩きの仲間と木曾駒ケ岳ロープウェイに乗りました。しらび平から千畳敷まで上る標高差950mの長いロープウェイです。世界第2ということですが、ロープウェイはなぜ高さ1000mくらいまでなのでしょうか。ロープウェイを眺めながら考えてみました。まずロープの強さ。スチールワイヤのロープはざっと計算すると、高さ約1万メートル垂らすと自重で切れます。機械設計での安全率を5〜10倍程度です。自重にかごの重量、ゆれや加減速による力を考えると、ロープウェイの高さ1000mはほぼ限界に近いのでしょう。深海資源が注目されていますが、1万メートルからの資源引き揚げはやはり難しいとされています。

 ところが最近この壁を破る「宇宙エレベータ」というすごい構想がでてきました。幅1メートルのカーボン・ナノチューブのリボンを地上10万キロの宇宙空間にまで上げ、そのリボンにエレベータをつけて昇降させるというのです。NASAの先端構想研究所(NIAC)は50万ドルの資金を出して研究させているということです。構想の成否はリボンの素材にかかっています。カーボン・ナノチューブは鋼に比べ、強度は30〜100倍で、はるかに軽いのでこれが可能になるのです。実現すれば、1キログラムの物資を宇宙に運ぶのに、スペースシャトルでは1万〜4万ドルかかるのが、宇宙エレベータを使えば約100ドルで運べるということです(ヘリで山小屋に物を運ぶ費用はトン10万円とのこと)。NIACの所長によれば「技術的には実行可能。物理学的にはなんら問題ない」。早ければ15年後にも実現の可能性があるということです[5]。

 スペースシャトルは30トンの荷物を積めますが、打ち上げ時の重量は2000トンにもなります。アメリカが腕力で作り上げた巨大システム、恐竜という感じです。衛星と飛行機は同じく空を飛ぶものながら効率の面でも危険度の面でも全く次元が違うことをあらためて認識しました。しかしこのような巨大システムもナノカーボンなど新しい素材を使用すると、ずっとスマートなシステムに作り変えることも可能と分かったのです。

 もうひとつ心にとめておきたいのはシステムの信頼性です。システムが巨大化すると、部品1個の故障でシステム全体が動かなくなる確率が急激に高まります。そこで大規模システムには2重、3重の安全装置、保護装置、バックアップが組み込まれていますが、過去の大事故の例を見ると、これらの安全装置が予定したとおりに働かない場合が多い。安全装置が故障していたり、切ってあったり、オペレータが扱い方を知らなかったり。そこで新聞に川柳「幾重にも安全装置あるコワさ」が載ったりします[6]。システムの信頼性を安全装置を重ねるだけで確保するのは無理ということです。まず素材、部品の品質、信頼性が高くなければシステムの信頼性は保てません。鉄筋コンクリートの強度は砂利の強度できまる、ダンボールハウスに筋かいを入れても二階建ては無理。信頼のおけない社員が集まった企業にいくら監査制度を入れてもダメです。そして信頼性の低いプリント板を使って信頼性の高いシステムを構築することは無理です。ユーザーはとかく低価格だけを要求しますが、信頼性を犠牲にした低価格は最終製品の信頼性を、そして企業の信用を大きく損なう危険をはらんでいます(ユーザーも十分承知)。

[1]「コロンビア、深刻なダメージ懸念」(朝日03/2/27)
[2]「韓国地下鉄火災『人災』見方強まる(朝日03/2/24)
[3]五代冨文、中野不二男「ロケット開発『失敗の条件』」(ベスト新書01/7)
[4]松浦晋也「シャトル事故...」(http://biztech.nikkeibp.co.jp/wcs/j/mech/230229)
[5]「宇宙エレベータ、実現は15年後?」(http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20030210302.html)
[6]万能川柳(毎日03/2/14)

ロープウェイで宇宙散歩できる日がくるでしょうか。

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