JPCA NEWS 2003.9

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「藁縄(わらなわ)がらみと銅張積層板」

 今年は雨が多く、子どもたちの夏休みもいまひとつ盛り上がりませんでした。夏休みの自由研究では「地球の大きさを測ろうか」「やろう、やろう」と約束していたが、水平線に夕日が沈む時刻を測るのも、北極星の高度を測ることもできませんでした。

 毎年、お盆の時期には、家にいてもあちこちから太鼓の音や東京音頭、炭鉱節が聞こえてきて、うるさいと思いながらも季節感を感じるのですが、今年はにぎやかな囃子をさっぱり聞こえませんでした。この時期、町内会の役員さんは盆踊りのやぐら組立てや飾り付けに駆り出され、奥さん連は毎晩踊りの練習をします。このごろは、やぐらの周りに踊りの輪が二重三重にできる賑わいはなくなりましたが。いま、踊るのは常連と子どもばかりで、浴衣姿の若い男女の飛び入りがほとんどありません。若い子はみな有名なお祭りや花火大会、渋谷に行くのでしょうか。

 京都の祇園祭は伝統のあるお祭りです。最大の見せ場は山鉾巡行。山鉾は高さ25メートル、重さは20トンにもなるそうです。市電が走っていた頃は、山鉾が通るコースの市電の架線を取りはずしたものです。この山鉾の組立には「藁縄(わらなわ)がらみ」という伝統技法が使われます。巨大な山鉾を1本の釘も使わず、わら縄でしばって組立てるのです。「なぜ釘を1本もつかわないかって?それは祭りが済んだら鉾はすぐに解体してしまうから。釘を使えば木が傷む。毎年同じ木を使っているのだから釘は使えないんだ」と、この道40年の棟梁はいいます。藁をもつかむ、藁一本の重さで空から落ちる、など、藁は弱いもの、頼りないものの代名詞ですが、それを何重にも巻きつけると大変な強さが出せるようです。

 筆者はかねて、送電線の鉄塔や鉄橋の部材の連結部に、やたらたくさんのボルトが使ってあるのに疑問をもっていました。こんなにたくさんのボルトが均等に負荷を分担して荷重を支えることができるのかと。荷重を実際に支えているのはごく一部のボルトだけでないか。働いている1本のボルトが切れると隣のボルトに荷重がかかり、そのボルトも切れる。こうしてボルトはばたばたと切れて鉄塔が倒れることにならないか、大勢でかつぐみこしのように。みこしは担ぎ手がそろっていないと、みこしの重さがごく少数の人の肩にかかってしまい、つぶされかねません。ぶら下がっている者もいますが、ふざけているより届かない者が多い。

 木造建築、木工品の部材の連結法には「ほぞ組(注1)」、木ねじ、かすがい、釘打ち、のり付け、などがあります。連結の強度はダントツに「ほぞ組」が強く、釘が一番弱いそうです。日曜大工で椅子を作った人は釘がいかに頼りないか覚えがあるでしょう。ほぞ組の椅子は下手が作っても何とか腰掛けられる(素人の作る椅子はたいていがたつきますが)。釘付けが弱いのは、釘自体が弱くて切れるより、抜ける、曲がるなど、相手との「からみ」が弱い場合が多いのです。その点木ねじの方がまだ強い。「豆腐にかすがい」というように、相手が弱くても力は出せません。縄がらみはどうでしょうか。藁は縦方向の引っ張りには意外に強く、「しなり」があり、縄同士の摩擦が大きい(手のひらでこするとわかる)。相手の木にも弾力があり摩擦係数も大きそうです。これらの要素が重なって、弱そうなわら縄で強い連結力が得られるのだと思います。ポリエチレン、ポリプロピレンのテープでは多分こうはならないでしょう。強度はあるが摩擦がなくて滑りやすい、厚さがうすく、重なり合うテープの間で力を分担し、応力の集中を逃がすしくみが働きにくい。縄がらみでは「縄は木づちで叩きながらくっつけていきますが、無茶苦茶にくっつけていくと都合が悪い。辻回しの時、力のかかる所はしっかり叩いて縛らなければならない。何でもない所は普通にくくる。鉾を動かす時にできるきしみも考慮して、組立てる時から縄と木づちの強弱を加減していかないと、お稚児さんや囃子方が乗っている重さ20トンにも及ぶ鉾はバランスを崩してします。みんなの命がかかっているんだ」といいます。縄をひっぱって調節するのでなく、叩いて調節するところが面白い。また、「きしみ」を考えるというのにも感心します。台風の風で家屋がギシギシきしむと、家の中にいる人は不安になりますが、意外に強い。きしみが応力を逃がしているのです。

 要するに、弱い部材を集めて強度を高めるためには、部材同士の密着度合い(接着力)と部材の弾力、そしてある程度の部材の厚さが必要、ということです。縄がかりではこれらの要素が全部そろって大きな力を発揮できるのでしょう。かつてSLが華やかだった時代、重連(注2)の蒸気機関車が山あいの急傾斜の登りを、白煙を吐きながら登っていく勇壮な姿はアマチュアカメラマンのあこがれの被写体でした。その頃、筆者は2両の機関車が、それぞれの力を足し合わせた力を発揮できるのかなと、疑問に思ったことがあります。時速80キロで走る機関車が引張って、79キロで走る方は引張られるだけにならないか、と。しかしそんなことにはなりません。それは、どちらの機関車にも、力を出すと遅くなる、身が軽くなると速くなる特性が備わっているからです。80キロで走る機関車には負荷がかかりすぎるために遅くなる、79キロで走る方は負荷が軽いので速くなる、結果としてそれぞれが負荷を分担し合い、79.5キロで走るのです。大きい機関車と小さい機関車の重連でも、双方が適度にこの特性を備えていれば、能力に応じた負荷の分担が可能になります。

 モーターや発電機のパラレル運転でもこの特性(負荷をかければ遅くなる特性(垂下特性という))が不可欠ですが、組織の運営でも同じことがいえると思います。どんな組織にも、強い人、弱い人がいます。抜群にできる人が少数、普通にやれる人が大半、がんばってもできない人(中に足を引っ張る人も)が少数いて、その比率は2:6:2ともいわれます。上位グループが優秀といっても、その人たちだけで組織の仕事を全部こなすことはできません。実際、仕事量の大半は中間グループによって支えられているといってよいでしょう。上位グループに仕事が集中するのはやむを得ないとしても、一部の人に過大な仕事を押し付けると、つぶれる人が出てくる。一人つぶれると別の人に負荷が集中し、またつぶれることになりかねません。「リストラされなかった人」の自殺も多いとききます。組織の全員が能力に応じて仕事を分担する仕組みがなくては、組織は安定に回っていきません。マスコミは、とかくトップグループに光を当てすぎる。あたかも社長一人で経営しているかのように。みんなに働いてもらう上で大事なのは、仕事の負荷が重くなった人は仕事の一部を人に渡す、手が空けば人の仕事を手伝う、横のつながりであり、「気ばたらき」です。機械にはあらかじめ垂下特性が組み込まれていて、自動的に「気ばたらき」が働くようになっていますが、組織や人間の社会では意識的にそれを作っていく努力が要るのではないかと思うのです。一人ひとりの自立ばかりが説かれて、相互扶助、助け合いを否定するのがはやりですが、みかけほど人は強くありません。摩擦があっても、ぎすぎすすることがあっても、人と人(さらには国と国)のつながりがなくては生きていけません。藁なわは叩いて強くなり、糸はよりをかけることにより強くなるのです。

 銅張積層板はプリント板製造を支える重要な技術です。強度の強いガラスクロスと接着力の強いエポキシ樹脂を組み合わせたところが優れています。しかし難点もある。ガラスとエポキシの物性があまりに違いすぎ、接着しにくいのです。そこで今の銅張積層板では、ガラス繊維表面に接着用の薄いカップリング層(シランカップリング層)を形成しています。それでも機械的、熱的な衝撃が加わると、境界面ではがれることがあります。これがクレイジングやミーズリング欠陥です。多分カップリング層が薄すぎるのでしょう。最近、シランカップリング層の上にさらに弾力性のある層を形成したガラスクロスが開発中と聞きます。ガラスとクロスの間に中間的な物性の、ある厚さの層をはさむことにより局部に集中する応力を分散させることをねらったものでしょう。縄がらみにも通じる、理にかなったアイディアと開発の進展に期待しています。

注1ほぞ組は、柱に穴をあけ、梁の先端の突起を差し込む、木造建築や家具の組み方。
注2重連は、牽引力を高めるために、2両以上の機関車を連結すること。

山鉾と縄がらみ

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