JPCA NEWS 2004.4

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行動半径と視野

 鳥インフルエンザのウィルスをカラスが媒介することが分かり大騒ぎになりました。東京都が行っているカラス捕獲法をテレビで見ましたが、頭がよく警戒心のつよいカラスを相手に現場技術者があれこれ知恵をしぼるところがおもしろく笑ってしまいました。カラスにはどの地方も悩まされていて、捕獲のこつの説明会には全国の半数以上の府県からカラス担当者が集まったとのこと。

 ニュースによるとカラスの行動半径は10キロメートルで、鳥インフルエンザ事件ではこの範囲のニワトリが重点的に調べられました。鳥の行動半径が意外に小さいことは知っていました。しかし大空を自由に飛びまわれる鳥がどうして狭い範囲内だけで生活するのかはかねて疑問に思っていました。なわばりを持つアユや、餌場の取り合いや捕食者から身を隠すためにニッチが制限される動物なら分かるのですが。ペットの行動半径も狭く、イヌで1キロ、ネコでは500メートルとされています(ペットが失踪したときはこの範囲内を探すとよいとのこと)。夏、草木の茂る時期にブヨが発生します。散歩していてブヨに出くわすと払っても払っても顔のあたりに付きまとう。それが2、30メートルも歩くと急にフッといなくなる。これもブヨの行動半径か。

 動物の行動半径が小さいのはなぜか。遠くまで出かけるとお家(うち)が遠くなるからか、仲間が見えなくなるからか、それとも見知らぬ外の世界がこわいのか。人間も動物。移動手段が飛躍的にすすんで、宇宙にも行けるようになりましたが、行動半径はその割に拡がっていないのではないかと思います。作家の中谷彰宏さんは書いています[1]。

 「大学には、わけのわからないやつが大勢いる。そういうわけのわからないやつと会うということも、大学に入る意味だ。

 歳をとるにつれて、だんだんわけのわからないやつに出会えなくなる。なぜなら、行動半径が、狭まってくるからだ。行動半径というのは、何キロ範囲ということではない。いつも同じコースを反復移動してしまう人は、たとえどんなに長い距離を移動しても、行動半径は狭いということだ。

 いつもと同じ10キロの道を反復移動するよりは、10メートルずれた横道に入ってみることが人生を豊かにする。そういう横道に、わけのわからないやつは、うろうろしているのだ。大学は、そういうわけのわからないやつの雑居房なのだ」[1]。

 毎日片道30キロもの通勤をしていても、電車は同じ、会社での顔ぶれも同じでは行動半径が広いとはいえないでしょう。ペットでもネコは一日家の中にいても平気のようですが、イヌは毎日散歩をさせないとうるさい。イヌは飯より散歩に行きたがりますが、散歩のコースは毎回同じでかまわない。自由に歩かせると、勝手知った道とばかりにいつもの道をすたすたと歩きます。飼い主は毎日同じコースではおもしろくないので違ったコースを、ときには同じコースを逆方向に歩かせたりします。逆に歩かせるとイヌはとまどって、きょろきょろあたりを見回します。ものの配置を「方向付きルート(ベクトル)」として脳内に記憶していて、次も同じルートを歩く、そうして「けものみち」ができるのでしょう。イヌの行動半径が1キロといっても、中谷さんの物差で見れば普通のイヌの行動半径はずっと小さい。サラリーマンの朝晩歩く道も、出勤時に見る景色と朝の気分は、夕方、家路に向かう(あるいは寄り道する)ときの景色、気分は大分違うでしょう。現代人は頭の中に「面情報」としての地図を作り、自分の歩いたコースをその中に書き込んで抽象的に記憶しますが、地図や方角は動物生来のものではありません。「地図の読めない女」という本がありましたが、アフリカのある原住民は全く地図が理解できなかったということです。東京でも戦後間もない頃、タクシー運転手が「地方から来た人は道順を北だ南だと指示するのでわからない」といったのを思い出します。日本人は行き先を地図を書いて説明することが多いが、アメリカ人は、どこでどちら方向に曲がって、と言葉で説明するとも聞きました。

 次は視野について。何人か一緒に山道を歩いても見るものは人それぞれ。ある人は道端に目が行き、こんな花が咲いている、こんなきのこが出ていると小さな発見をします。筆者はぼんやり遠くを見ながら歩いていて小さいものが目に入らない。「吊橋のむこうの青嶺に登りたし」[2]といった気分です。2階からイヌを呼ぶとイヌは左右をきょろきょろ見回すばかりで上を見ない。遠い昔、イヌの先祖オオカミが狩をするとき、獲物は前方にいて、上方にはいなかったからでしょうか。

 魚の眼は横向きについていて、左右の眼をべつべつに動かし、両眼でほぼ360度を見ています。魚眼レンズとはこのように視野の広いレンズを指します。鳥の目も同じです。鳥の目をみていて変な感じを受けるのは左右の眼が勝手にあちこち動くからでしょうか。動物が進化すると、両眼がしだいに前に移動し視野が重なってきます。ウサギでは両眼の視野が20%くらい、霊長類になると両眼とも真正面を向き、両眼の視野は80%以上が重なります。視野が重なれば重なるほど両眼を使った立体視ができ、外界の景色の奥行きを正確に知ることができるようになります。ウサギの視野はほぼ360度ありますが、両方の目で見る視野は10〜20度と狭く外界のほとんどは片目で見ているようです。この狭い視野はもっぱら逃げ道を確かめるために使われるのでしょうか。ウサギのような弱い動物は、敵から逃げるのが先決で、広い視野で近づいてくる敵を察知することの方が大事なのでしょう。一方、ライオンなどの肉食動物の両目はするどくまっすぐ前方に向けられています。これに比べて草食動物の目は総じてやさしい。多分、視野も肉食動物の目より広いのでしょう。人間の視野は、片目だと160度程度、両目で見ると200度(左右100度)くらいになります。両方の目で見える視野は、人間が一番広いといわれます。人間はやはり獲物を倒して食い物を手に入れる肉食動物に入るようです。人間の体は前方の目標に向かって進むのに有利なつくりになっており、後方には弱い。

 上に挙げた視野の広さはじっとしているときの視野で、動いているとき視野はずっと狭くなります。時速60kmの車に乗っているときの視野は左右30度、時速100kmになると、左右10度程度まで狭まるとのこと[3][4]。

 以上は動物の仕組みであり生態です。しかし社会の組織や人々の生態にもあてはまるように思います。まず、行動半径は自分で思っているより狭いということ。退職して仕事の付き合いはなくなったが、地域や同好の仲間との新しい付き合いができ、ボランティア活動をはじめて世界が広がった。もっと早くからはじめればよかったという人が多いのです。ひたすら家と会社を往復し、早朝から深夜まで働いても行動半径はほとんど広がっていないのかもしれません。先日、歌謡番組の公開録画の券があたり、NHKホールに行きました。ハイビジョンも大画面も及ばない生演奏の魅力を楽しみましたが、女子高校生歌手の歌の合間の話が印象的でした。広島から上京して1年ということでした。東京の第一印象を聞かれて、「ホームに入ってくる電車のスピードが速いのにおどろきました」。広島では電車は大体4両なのでホームに入ってくるときはすでにかなり速度を落している。東京の電車は16両もあり、先頭車はホームにフルスピードで入ってくるのです。聞けばなるほどと思いますが、同じ電車に毎日乗っていても気づかないこと、はじめて来た人にだけわかる新鮮な感覚です。

 最後にネコが逃げるときのしぐさについて。ネコに遭遇します。お互いしばらくにらみ合う。そしてネコは急に身をひるがえして全速で逃げます。走っている間は一度もうしろを振り返らない。20メートルほど走ると、つと立ち止まって、ゆっくり振りかえりこちらの様子をうかがう。これはどのネコも同じパターンです。道路を渡るときも、ネコは渡る前に一旦立ちどまって回りを確認したら、一気に道路を走りぬける。横断歩道の渡り方は人間より模範的。横断歩道をわざとかと思うほどゆっくり渡る人、後ろを見ながら歩く人。走ることと見ることを同時に行うのは難しい。よく見てから走るが、一旦走りだしたら前だけ見て全速で走り、後ろを振り返らない。周りを見るときには立ち止まる。ビジネスでも人生でも同じではないか、とネコが教えてくれているように思います。

[1] 中谷彰宏(http://www.waseda.ac.jp/student/weekly/essay/
[2] 日経俳壇
[2] 村上元彦「どうしてものが見えるのか」(岩波新書1995)
[2] http://www.city.tondabayashi.osaka.jp/kogane/

畏敬を覚える行動半径の長い人 ヒマラヤを越えていくアネハヅルの群
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