JPCA NEWS 2004.6

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磨耗と亀裂

 三菱自動車(MMC)はタイヤ脱輪事故できびしい状況に立たされています。かつてパジェロで日本市場を席巻したMMCは脱輪事故で、というより、事故の処理を誤って信用を大きく失墜しました。マスコミはMMCのすべてを否定するかのような論調で、まさに「水に落ちた犬は打て(魯迅)」です。政治家の年金不払い問題も同様、ヤル方にまわらなければヤラレル、いじめの構図に似ていないか。歴史ある企業の価値はその蓄積の中にあり、それは1企業にとどまらず日本の財産でもあります。優秀な技術者、現場でこつこつ働く従業員、そして成功、失敗の事例とノウハウ。これらをまるごと葬り去っては日本の将来は危ういでしょう。

 確かにMMCの対応はまずかった。企業、学校、警察、どの組織、どこの国でも、不祥事や事故が起こると当事者は、損害を小さくしたい、対面は保ちたい、組織を守りたいと「事なかれ主義」に陥りがち。隠蔽やごまかしの誘惑にもかられる。動物が危険にさらされて体をかばうのと同じ防衛本能なのでしょう。都合の悪いことは隠したい、しかし隠してはならない、つらくても公にしなければならないことがある。それを公にし、責任ある対応をとる。それがコンプライアンス(法令順守)であり、やらせる風土が社会の成熟であり文化なのです。コンプライアンスの受け止め方はそれぞれの社会や時代によって変わるもの。昔あたりまえでも今は通らないことがある。かつて哲学者、田中美知太郎さんが、「親が子どもの面倒を見るのは本能。しかし親孝行は文化である。自然にできるものではない」と書いていました。

 MMCの親会社、三菱重工は造船、航空機、ロケット、兵器などの先端技術で日本トップの企業です。その一方、軍需、ロケットなど国家に直結する事業比率が高く、そのせいか会社には官僚的な雰囲気がありました。かつて三菱重工の改革に取り組み、志半ばで倒れた牧田社長が就任時に掲げたスローガンは「@明るくほがらかに、A連絡を密に、B打てば響く」でした。言葉のアンバランスがおもしろく、また実感がこもっているので記憶に残っています。牧田さんは、社風がすべてこの反対だと感じていたのでしょう。三菱重工の雰囲気は以来大分変わったといわれました。しかしなお道半ばであることが明るみに出ました。MMC内部にもその自覚があり、企業再建のために本社を丸の内から工場(京都)に移し、40代中心の再建チームを編成して改革に当たるとのことです。以上、MMCの対応や社風について書きましたが、これを自分たちに関係ない対岸のできごとと胸を張れる経営者はいないでしょう。濃さに差はあれ、みなグレーではないか(技術者を対象にしたあるアンケートでは1/4が製品欠陥を公表しなかった、あるいは公表が遅れたと回答[1])。他山の石として、企業コンプライアンスに意を用いてもらいたいものです。

 ところで、新聞記事では脱輪事故の技術的な内容がさっぱりわからないという声が筆者のメール仲間でも飛び交いました。その後、「日経ものづくり」の記事[1]などで事故やMMCの対応の実態が徐々に明らかになってきました。どうやらMMCが意識的に事実と違う説明をしてきたようです。国土交通省はそれで納得したようですが、おかしいと思わなかった担当官も情けない。MMCの専門家が本気でそう考えていたのなら技術レベルが疑われますが、多分、つじつま合せのため苦い思いをしながらひねり出した理屈なのでしょう。筆者はクルマには素人ですが、当初の新聞報道だけをもとに私なりの解釈をして、MMCの説明はおかしいと考えていましたが、大筋は「日経ものづくり」と同じでした。プリント板にも共通するところがあると思うので紹介します。

 ハブは麦わら帽子のような形で、頭の入る部分に車輪の軸がはまり、ツバの部分(フランジ)に車輪のホイールをボルトで取り付けます。新聞には当初、磨耗でこわれたとありましたが、どこが磨耗し、どこがこわれたか、なぜ磨耗でこわれるのか全然説明がない。その後、MMCが事故はホイール取り付け部の磨耗が大きくなりすぎたために発生、従って整備不良が原因と主張していることがわかりました。破損したハブ40件の磨耗量を国交省に提出し、すべて0.8mmを超えていて、0.8mm未満でこわれたハブはないとし、磨耗量0.8mm以上のハブのみ交換することにしました(磨耗量0.8mm未満で破損したハブが7件あったが、交換費用がかさむ理由でその数字は空欄にして提出)。その後、周りの圧力に押されて公にされた7件の磨耗データが新聞に出ました(破損40件全体のデータは不明)。

 筆者は新聞に出た7件の数字を「正規確率紙」にプロットしてみました(図)。正規確率紙はプリント板の信頼性試験にもよく使われるグラフ用紙で、故障の累積度数をプロットすると、故障が正規分布をしている場合、プロットが直線に並ぶという特性があります。グラフから平均値や標準偏差が簡単に求められる便利なグラフです[2]。図はたった7件の数字をプロットしたものですが、かなりきれいな直線に乗っておりほぼ正規分布といえそうです。これから平均値と標準偏差を読み取り、グラフにしたものが右図です。これを見ると、磨耗0.8mm未満ならOK、これを超えるとこわれるという論は全く根拠がないことが分かります。新品でもこわれる。

 MMCの理屈は、タイヤを固定するボルトの締め付けがゆるむと振動、衝撃で締め付け部が磨耗する。磨耗が大きくなるとハブが破損するということと推測されます。しかし、なぜ0.8mm磨耗するとハブが破損するのか。フランジの厚さは20mm以上あり、0.8mm磨耗で減っても19.2mmの厚さが残る。フランジの強度はほとんど変わらないはずです。




 ハブ破断の真の原因は何だったのか。破断したのはフランジの付け根(麦わら帽子でいえばツバと頭の入る部分のつなぎ目)でした。多分そこに、@応力が集中、A疲労により「亀裂」が発生、そして破断に至ったのでしょう。麦わら帽子でもつなぎ目が破れやすい。

 これに似た事故がありました。増殖炉「もんじゅ」のナトリウム流出事故です[3]。そこでも現場職員、トップの責任が問われましたが、もともとの原因は温度計の「さや」(棒)の設計ミスでした。棒の付け根に繰返し応力が集中して破損し、そこからナトリウムが流出したのです。「凹んだ角には鬼が住む(森口先生)」[4]がハブのフランジの付け根でも起こったのでしょう。

 原因は磨耗ではなく亀裂でした。多少の磨耗はたいていの場合問題ないが、亀裂はわずかでもこわい。外観にまったく異常のないコンクリート建物も亀裂1本で容易にこわれます。亀裂はいったん発生すると応力が集中して加速度的に進行する。亀裂はできるだけ早い段階で見つけ出し、注意深く進行をチェックしなければなりません。

 それにしてもMMCにとっての不運は最初の設計ミスです。「もんじゅ」ナトリウム流出事故も小さな部品(せいぜい数万円)の、温度計の「さや」の設計ミスでした。事故が起こるたびにチェック機構が働かなかったと批判されますが、そもそもチェックはむつかしいもの。直属の係長が設計者5人の図面をチェックすることすら容易でない。課長はまずめくら判です。設計者本人のレベルを上げることと、設計者が自分でチェックできる道具立てを与えてやることが必要です。プリント板の設計でコンピュータによるDRC(デザインルールチェック)が不可欠なように。しかしまた、入社数年の若い技術者に全てを託するのもこわい。経験を積んだベテランがコスト、納期の管理に追われるだけでなく、部下の設計をじっくりチェックする態勢を取り戻す必要があると思います。

 MMCの重大な手抜きは、「台上試験は実施したが、実車実験やコンピュータ解析を省略した」ことです。台上試験は研究室などの机上で、部品に直接力をかけるなどして行う試験だそうですが、これではフィールドで予想外にかかる衝撃や、繰り返し荷重で進行する材料疲労を確認することはできないでしょう。かくして事故が発生すると、周りやトップは事故の取り繕いに走るだけ、となったのが今回の事故の実態ではないでしょうか。

 プリント板は長年作りこんだ、枯れた製品を作っているのではありません。日々新たな設計にもとづき、新しい工法で製造しています。単価は安くてもハブ破損のような大きな事故につながる可能性があります。設計のレベル向上と品質確認の重要性をあらためて認識させられるのです。

[1] 「三菱のハブ破断事故 設計ミスはこうして起きた」(日経ものづくり2004.06)
[2] 小林 正「ビルドアップ配線板入門」(JPCAぷりんとばんじゅくW)
[3] コラムくもりのち晴れ「初歩的なミス」(JPCA NEWS 1999.8)
[4] 森口繁一「強さのおはなし」(日本規格協会)


麦わら帽子もつなぎ目に力がかかる

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