JPCA NEWS 2004.8

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リサイクルと山歩きのルート

 JPCAは今年、プリント配線板製造からの排出物の共同回収事業をスタートさせました。この事業は「廃掃法」(注)がきびしくなるのに対応するため、プリント配線板メーカから出る「廃プラ」「廃液/汚泥」「有価物」をまとめて回収、処理するもので、トライアル運用が始まったところです。処理の方法は、廃プラ、廃液、スラッジ類は「焼却」、端材、冶工具類は「破砕、埋立て」、金/銀は「マテリアル回収」となっています。費用は運送費30円/kg、処理費50円/kgになるそうです。

 筆者は、担当者から処理方法が「焼却」主体になると聞いて、「焼却は最低レベルのリサイクル。将来的には高次のリサイクル(マテリアルリサイクル)に移行し、最終的にはリユースの方向を目指すべきでないか」といいました。しかし世の中は考え方が変わってきたようです。マスコミや政府で「環境にいい」とされてきた、分別やリサイクルは全く意味がない、かえって環境を悪化させている、という説がでてきたのです。まじめな市民が、ボトルや缶の素材を確かめ、燃えるごみか、燃えないごみかと思案しながら分別して出してきたのに、そんなリサイクルはやらない方がいいと急にいわれてもとまどいます。

 おかしいとは思っていました。回収しても回収しても、街中には紙くずやペットボトルが散らかり、緑の散歩コースに不法投棄が絶えない。アメリカの広大な国立公園ではゴミを全然見かけない。あれだけ大量消費する国でゴミが出ないはずがないのに。

 以下は新聞のコラムの抜粋です[1]。「アメリカに住んでいて不思議に思うのが、ゴミの出し方・・・わたしの住むのは南カリフォルニアの住宅地ですが、ゴミ収集は民間の会社がやっていて、わたしたちは毎月お金を払っています。

 まず、リサイクルゴミは、紙、プラスチックとカン、びんに分別する。それぞれを大きな箱にがさっと入れて出せばいいので、日本みたいに、紙はまとめてしばってなどという面倒なことはない。

 台所の生ゴミは、流しのディスポーザーで粉砕して、水に流します。「水に流す」というと、心底きれいさっぱりするんですけど、どこへ流れていくのかと考えると、ためらってしまいます。

 人は、廃水処理揚に流れていって、水はきれいになり、固形物は肥料として再生されるんだというが、ほんとかしら。都市伝説じゃないかとわたしは疑ってしまうんです。どうか真実でありますように。

 残りのゴミは、一切合切、こわれた機械も、リサイクルされないプラスチックも、ねずみの死骸も、玉ねぎの皮も、収集会社から支給されるゴミ容器に入れて、週にいっペん家の前に出しておくと、巨大な収集車が来て、機械の手で、がーつと収集していきます。・・・

 先日、リサイクルゴミの収集方法が変わりました。紙もプラスチックもカンもびんも、ぜんぶいっしょに、収集会社が支給する容器に入れることになりました。そして支給された容器は、やはり、人間をまるごとリサイクルできるくらい大きかったのです。

 わたくし昔は、日本の熊本でまともに主婦をやっており、わりばしは使わぬよう心がけ、虫食いキャベツを好んで食べ、お米のとぎ汁は流しに流さず、牛乳パックは洗って干して切り開く・・・爪に火をともすようなエコ心で、ゴミの分別にも情熱を燃やしておりました。アメリカに住みはじめたら、あんまり大ざっぱなので、今までの努力は何だったのかとしばし無常の風に吹かれたものです。

 今回のリサイクルゴミの変化は、あまりに環境を考える世界の風潮に逆行したやりかたなので、げ、またブッシュが何か、と思いましたけど、ブッシュは関係なく、ゴミ収集会社の判断のようです。

 近所の主婦にきいた話では、住民があんまりリサイクルに協力的でないので、リサイクルの方法を簡便にすることで、20パーセントのリサイクル増量を見込もうとしているんですと。収集したゴミは、人の手が、流れ作業で分別だそうです。

 最低賃金で働く人々の手です。カリフォルニアにはメキシコからの移民がたくさんいますから。合法的に住む人も、不法に住む人も。・・・」[1]

 筆者は以前コラムでリサイクルについて書きました。そこで筆者はモノをつくり、リサイクルする過程を4階建てのビルにたとえました。地中から石油や鉱石を掘り出し、1階で電力などのエネルギーを、2階で素材(鉄、銅、プラスチックなど)をつくる。3階で部品をつくり、4階でそれらを組み合わせ最終製品にする。使用済みの製品をそのまま廃棄するのは、4階から地面に投げるにひとしい。それではもったいない。

 そこで、使用済みの製品を何らかの方法で再利用することを考える。そのまま他に転用できればいちばん無駄がない。同じフロアで横に移動するだけ。次のレベルは、製品を分解して部品を他の製品に利用する。これは4階から3階に降りて、もう一度4階に戻る方法で、昇り降りが少ない。3番目は製品を細かく分別し、素材に戻すリサイクル(マテリアルリサイクル)。この場合は4階から2階分下りて金属、プラスチックなどの素材に戻し、もう一度、部品、最終セットの製造までをやり直す(4階まで担ぎ上げる)。手がかかり、効率は悪くても、資源の有効利用という点では次のサーマルリサイクルよりまし。サーマルリサイクルは廃棄物を焼却し、その熱エネルギーを電力などとして回収するだけで、一番低位のリサイクル。リサイクルはできるだけ上位のレベルでやったほうがよい、という主旨です。

 ビルの例えは筆者ですが、リサイクルの考え方は今も日本の「表向きの」常識です。この考えから、ペットボトル、アルミ缶、古紙の回収が情熱的に進められ、回収率はペットボトルで45%、アルミ缶で82%に上がったと誇らしげに報じられています。その一方で、リサイクルの現場は四苦八苦です。まずリサイクル事業は大幅な赤字。集めたアルミやペット樹脂を再加工するだけの費用は小さくても、回収、運搬コストがべらぼうにかかる。廃ペットボトルをそのまま焼却すれば2円で済むものを、再生すると30円ほどになる。運搬、回収に26〜27円かかるという(分別、洗浄し、スーパーに持って行く主婦の手間、子ども会の廃品回収はタダとして!)。赤字は全部市町村がかぶっています。リサイクル活動にかかる車などの環境負荷も大きい。武田邦彦先生は「リサイクル汚染列島」で、「マテリアルリサイクル」と行政の見せ掛けの環境保護政策を痛烈に批判しました。このような視点からの見直しが政府の専門調査会でも議論され、その結果、サーマルリサイクル(焼却、熱回収)はマテリアルリサイクルと同等に格上げされました[2]。マテリアルリサイクルを優等生、サーマルリサイクルを劣等生というこれまでの原則をひっくり返したのです。劣等生は、実は優等生、これまでの判断が間違っていたとされ、霞ヶ関の官僚たちにとって「驚天動地」の「コペルニクス的転回」であったろう、と立石氏は書いています[3]

 それではリデュース(減らす)、リユース(再利用)できないゴミはどうすればよいのか。武田説はユニークです。まず、リサイクルの基本的な問題は、
1. 使ったものには貴重な資源が含まれているとしても「薄く分散している」。
2. 使った材料は劣化している。回収品を新品と「混ぜれば全体の品質は落ちる」。

とし、次のように提案しています。原則「全量焼却」です。
  (1) 輸入原油をできるだけ多くプラスチックにする(現在は9割を発電所で生炊き)
  (2) 使い終わったプラスチックは他のゴミと一緒に全量焼却、電力として回収
  (3) 焼却の灰はそのまま貯蔵し、「人工鉱山」にする(きたるべき資源枯渇の時代に備えて)
  (4) マテリアルリサイクルは、鉄橋架け替えで出る鉄、自動車シュレッダーダストの金属類、電線からの銅、アルミサッシュなどにとどめ、環境を破壊しない限度で集中的に行う

 山に登ります。一つの峰に登った後、隣りの峰に登ろうと思う。尾根伝いに行ければ良いが、一度山を下らなければならないとき、どこまで下るか。初心者はとかく、せっかく稼いだ高度だからなるべく下げたくない、と横道にそれがちです。そしてしばしば道に迷ったり、悪路にへばってしまったりする。しかしプロはあやしい横道は歩きません。一度しかるべき場所まで降りて、次の峰を確認し、あらためて頂上を目指す。

 リサイクルを例えるとすれば、4階建てのビルではなく、いくつもの峰を歩く登山の方が適切のようです。大事なのはかせいだ高度ではない、その過程であると。

 JPCAが構築したリサイクルシステムの順調な定着と発展を願っています。

(注) 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」2001年改正
[1] 伊藤比呂美「カリフォルニアのゴミの日」(日経04/7/9)
[2] 武田邦彦「リサイクル汚染列島」(青春出版社2000/7)
[3] 立石勝規「ごみは燃やせ」(光文社2003/3)


隣りの峰に登るルート

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