JPCA NEWS 2004.12

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デザインと設計

 20年ほど使ったアルミのヤカンに穴があいたので、ステンレス製のヤカンに買い換えました。これまで使ってきたヤカンは給食や炊き出しに使うような昔ながらのデザイン。へこみが出て、持ち手やふたのツマミも、色がくすみ、がたついてはいましたが、お湯は沸かせた。アルミに穴があいては仕方がない。燃えないゴミに出すときは、永年ご苦労さんとねぎらいたい気分になりました。

 ところが新入りのヤカンがダメ。スイカのようなしゃれたデザインで、がっしりしたステンレス製。ふたもぴっちりはまる。気に入って使い始めましたが、1ヶ月もしないうちに、ふたのツマミがはずれました。ふたがはまり込む作りで、ツバがないので、ツマミがないとふたが取れません。やむを得ず、ふたの代わりに適当なサイズの皿を載せて使う始末。

 はずれたツマミの部分を確かめてみると、設計がよくない。ふたには直径8cmのプラスチックの円盤が接着してあり、その上に長さ6cm×幅2cm×高さ1.5cmくらいのプラスチックのブロックが円盤にねじ留めされている。これがツマミです。ねじは直径3〜4mmの真ちゅう製で、片端の側面はぎざぎざが付けられ、円盤の中心部に圧入、固定されています。このねじにツマミをねじ込む、という作りです(挿絵の右下)。

 ツマミはねじの部分ではずれていました。お湯が沸くと、ツマミの横腹をつまんでふたを取りますが、きっちりはまっているのでそっとつまんで上げるくらいではとれない。多少ひねったりもします。それでねじに力がかかるのでしょう。こんな小さなねじ1個で留めるなんて、とぶつぶついいながら、耐熱性の接着剤をはずれた部分に付けて直しました。しかし、すぐにはずれる。ねじまわりだけ留めてもダメかと、接着剤をツマミの半分くらいまでべったり塗ってやり直しました。これも1週間くらいではずれた。さすがに頭にきて、販売店にクレームをつけました。「デザインはいいが設計が悪い。日本のものづくりのためにも文句を言いたい」と。

 「デザイン」も「設計」も英語では ”Design"。しかしニュアンスがかなり違います。デザインは「格好、見栄えの設計」、設計は「機能の設計」という感じです。デザインにはセンスが、機能の設計には、原理についての理解と、使い勝手、起こり得る不具合に対する想像力が求められます。社会的なイメージは設計者よりデザイナーの方が上。デザイナーはアーティスト、設計者は職人という扱いです。建築家というとカッコよく聞こえるが、技師というと、若者、女性は敬遠し勝ち。しかし、モノはデザインだけでは作れません。モノにはそれぞれ働きがあり、その働きは自然の法則に従う。原理、法則に外れたものは機能しません。「夢を形に」というが、奔放に広がる夢を、いつでも形にできるわけではありません。理屈から外れないように形を作っていくのが、設計者であり、技術者です。かくして、モノを作るにはデザイナーと設計者(技術者)の協同が必要になります。大規模システムの開発は、小人数のデザイナーと大部隊の設計・技術者の協同作業で進められます。クルマメーカーに就職する学生はみなエンジンや車体のデザインにあこがれますが、実際にそんな仕事につく人はごくわずかです。大部分はクルマのごく一部分の設計を担当します。生涯ほとんどドアの設計という人もいるそうです。ドアは大変重要な部品、その他の部品もみんな大事で、それぞれきちんと作ってもらいたい。しかし、設計者それぞれが自分の仕事の重要性を理解し、納得できるまでには、ある程度時間がかかるのでしょう。先日、西澤潤一先生が講演で話していました。「関西電力の原子力発電所の事故はなぜ起きたか。事故はタービンを廻す蒸気の配管で発生した。この部分は通常の火力発電所と全く同じなのに事故が起きた。原子力発電所の設計にはエライ人が多かったから・・・」。エライ人とは原子力の専門家を指しているのでしょう。通常の火力発電所の設計では当然考慮されるはずの蒸気配管の厚さを誤った(流量測定用オリフィス後方の配管は流れの乱れで減肉する)。発電所にくわしい友人は「常識」といいます。

 さて、ヤカンに戻って、なぜツマミが簡単に取れたか。多分、メカに弱いデザイナーが一人で設計したのでしょう。@ツマミに力がかかるとは思わなかった(急須のふたや、がたの大きい昔のヤカンしか頭になかった)。A力は中心部の真ちゅうビス1本で支えられると考えた(力がかかると考えもしなかった。4mmの真ちゅうビスなど、てこの原理で簡単にとれる)。B樹脂とビスの結合はしっかりしていると思っていた(実際は、圧入も接着も強度的には頼りない)、など。また、試作して使ってみればわかる不具合で、そこで改善すれば、こんなお粗末な結果にはならなかった。インターネットにこんな書き込みがありました。「ヤカン・・・お湯を沸かしてなんぼのお茶好きには必須のアイテムだけど、何か完成度が低いツール・・・ かなり吹いていて、持ち手が倒れて蓋の横にあったりすると、まず素手では触れない・・・」。

 まともなヤカンが欲しくて探していたら、米国製のヤカンがありました(挿絵左下)。ヤカンの注ぎ口に笛がついていてお湯が沸くと鳴る。これは日本の製品にもある。取っ手を傾けると注ぎ口のふたが開く。一番気に入ったのは、ふたの設計。ふたは容器にきっちりはまるのでふたを取るにはちょっと力が要る。このヤカンはふたの取っ手がワッカになっています。手のひらをヤカンの取っ手に置き、指をワッカにかけて握れば、片手でふたが取れるのです。ふたの取っ手とふたは2本のビスで、ステンレスのふたの裏側からねじ留めされているので、はずれる心配がない(ビスの間隔は75mmもあり、ねじりにも強い)。

  日本ではいいクルマができるのに、いいヤカンはできないのかと、店に並ぶヤカンをあれこれ見てみました(挿絵)。デザインはいろいろあるが、つくりは似たようなものです。ふたのツマミの取り付けはほとんどが接着か「かしめ」で、取れたら直しようがない。「ものづくり」のこだわりはヤカンまでは届いていないようです。

 設計者には、原理の理解と、使い勝手、起こり得る不具合に対する想像力が求められる。とは言いながら、熟達した設計者でも、ものができる前から、ユーザーに渡ってから出る不具合を全部予測するのは至難です。事故が起こると、エライさんやマスコミは「こんな単純なことを見落として」と言い立てますが、それは後知恵。私達にできることは、クレームがついたらまじめに調べる。不具合が見つかったら、すぐ直す、ということです。これを丹念につづけることで、製品は枯れてくるのです。

 どこでもクレームを出すのは恥として、隠したがる。しかし最近、クレームは宝の山と、クレーム情報を積極的に品質の改善や新製品開発に役立てようという動きが広がってきました。ある化粧品メーカーでは年間14万件もクレームがくる。それを毎日データベース化して製品見直しや新商品の開発に利用している。「苦情、クレーム買い取ります」というビジネスも始まっているそうです[1]。「考えてつくれ」と説教するだけでなく、不具合は人知を超える、と割り切り、不具合が出たら直す、再発防止を講じる、というクールな姿勢が必要なのかもしれません。もっとも、再発防止、技術蓄積のためのシステムと、それを廻せる人材が必要ですが。

 クレーム対策が大事なことは分かった。では、クレーム対策だけまじめにやっておれば企業は安泰か。それがそうでないところが難しい。コンサルティング企業「アルマックス社」の神田氏は言います。「クレーム対応法は企業の成長段階によって異なる。成長期に入る前の導入期は徹底的に試行錯誤すべき時期なので、商品の品質を高めるために、クレームも含めてお客の声は徹底的に集めないといけない。品質管理が最も重要な時期でもあるからだ。

 だが、導入期を経て成長期に入った企業のクレーム対応策は異なる。何もしなくてもお客が急激に増えるからだ。経営の優先順位から言うと、商品をデリバリーすることがナンバーワン、ナンバーツーが顧客満足度になる。成長企業にとってのいちばんのクレーム対応策は、不必要なクレームを受けない仕組みをつくることである。

 成熟期に入るとクレーム対応策は逆になる。いちばんクレームを聞かなくてはいけない時期は、正確に言うと、成熟期に入る手前の段階である。商品や事業にもライフサイクルがあり、成長がピークを越えると業績は必ず落ちる。次の新しい商品やサービスを見つけなくてはいけない時期に入る。そこに到達したら、クレームを徹底的に聞き始めなければいけない。どんなに優れた商品やサービスでも、必ず欠陥はある。その欠陥を真摯に聞くことによって、新たな商品やサービスの開発に生かすという好循環に入っていけるからだ。このときクレームは宝になる。[2]

 さて、プリント配線板は今、どの段階にあるでしょうか。筆者がデザインに引かれて買ったアメリカ製ヤカンも、家では、お茶葉っぱを入れる口が小さい、洗いにくいと評判はいまひとつでした。

[1] 「クレームで“企業力”アップ」(NHKクローズアップ現代04.11.10)
[2] 神田昌典 「相手の不満を消滅させるクレーム処理の技術」(PRESIDENT Online 2003.9.1

いろいろなヤカン。ヤカンにも設計を。

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