JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号

JPCA NEWS 2005.01

ファンアウト ―― 先端と枝

 散歩の途中、陽だまりのケヤキやサクラの木の下に寝転がって木の梢や空を見上げるのが好きです。若葉がいっせいに萌える新緑の頃もいいですが、秋、葉っぱが全部落ちで、数え切れない木の枝がみな高く伸び上がるように、青い空にくっきり浮かぶ姿にも感動をおぼえます。足元には太い幹がどっしりと立ち、途中から太い枝が出て、それにまた小枝がついて、先端の1ミリくらいの細い枝までだんだんに広がっていきます。澄んだ日には1本1本の小枝の先まで見えます。それぞれの先端には来年春に花となり葉っぱとなる芽をもう付けているのでしょう。

 その何百本もの小枝の先端が、剪定しているわけでもないのに、ほぼ等間隔に、きれいな球面を成しているのが面白い。このように中心部から外に向けて扇のように広がることをファンアウト(Fan-out)といいます。

 図1はICロジック回路のファンアウトです。図で、IC1はIC2〜IC5の4つのICを駆動しますので、このICのファンアウト(数)は4といいます。ファンアウトが大きいほど、より多くのロジックに接続できます。

図1 ICロジック回路のファンアウト

木の枝から新しい枝が出る場合の本数は生理的な機構から、5本までだそうです(記憶違いでなければ)。すなわち木のファンアウト数は5です。日あたりの邪魔になる不要の枝を落すのが剪定の常識ですが、剪定しない自然のままの木でも、見たところ一ヶ所からの枝分かれは2〜3本です。

 半導体パターンのファイン化はとどまることを知りません。90ナノメートル(0.09ミクロン)が物理的、あるいは製造上の限界とされていたのが、いまやその半分くらいも作れるようになったそうです。しかしわたしたちは、これはすごいと感心ばかりしておれません。その応用を考えると、超ファインパターンの世界の中だけで信号をやりとりするだけではすまないからです。ファインピッチを何段階もかけて、人間サイズ(人手で扱える程度の大きさ)までファンアウトしなければならないのです。これが実装の階層で、図2に概念的に示しました。図ではチップ内配線は0.18ミクロンとなっていますが、今や0.09ミクロンの時代です。人間サイズまで広げるためには、これを1万倍〜10万倍にファンアウトしなければなりません。このファンアウトを担うのが実装(広い意味のプリント配線板)です。木のファンアウト数5で考えると、計算上、階層は7段階必要になります(5の7乗=78,000)。現実の実装では、通常、モジュール基板(サブストレート基板)とボードの2段で、あるいはマザーボート(バックパネル)を加えた3段でこのファンアウトを実現しています。

図2 実装の階層(超ファインピッチから人間サイズまでのファンアウト)

 しかし、最近の半導体の高集積化が急速で、この構成でのファンアウトがだんだん難しくなってきました。実装はミクロの世界とマクロの世界をつなぐ架け橋ですが、ミクロの世界だけが先に伸びていき、マクロの世界(人間サイズ)は変わらないので、橋の長さがどんどん長くなっていくのです。かつて、ライン幅10ミクロンは半導体の領域でしたが、いまやプリント配線板で10ミクロン台のパターンの実現が求められています。

 植物の芽、葉、枝、幹、根の個々の働き、それぞれの機能を有機的に結びつける精妙な仕組み、風雨にさらされながら何千年も生きる巨木、人はそれを見て感動します。その畏敬の念から各地に巨木信仰が生まれ、いまの巨木ブームにつながっているのでしょう。「システム」とは、@複数の構成要素から成り立ち、Aその構成要素が、ばらばらな存在ではなく、相互に依存しつつ、B全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体、とされています。その意味で、木は理想的な有機システムです。すごいと思うのは、枝が折られ、幹にウロができても、その部分を切り離して、生き残れることです。枝を落すと、その付け根から新しい芽が出てきます。まさに生命力です。他にも不思議なことが。世界一の巨木、「セコイア」は高さ111.7m、そんな高いところまでどうして水分を上げられるのか、筆者にはいまだよく分かりません(真空で吸い上げても10mまでしか上がらないのに)。

 コンピュータなどの電子機器も、会社や社会の組織も、交通、電力などのインフラも、みなシステムです。しかし人間の作ったシステムは、生体システムにくらべると、なんとちゃちなこと。上記、システムの要件@の「要素」のレベルがどんどん上がっても、Aの有機的な「相互依存」がなかなかスムースにいかないのです。「相互依存」は電子機器では「インタコネクションと役割分担」、社会システムでは「コミュニケーションと役割分担」に相当します。インタコネクションやコミュニケーションのルートはできていても、情報の行き来と、役割分担についての相互理解がうまくいかないのです。

 生体ではシステムがうまく機能するのに、どうして人間の作ったシステムはギクシャクするのか、かねて疑問に思っていました。そして思い当たりました。生体はたくさんの要素でできていても、元はといえば1個の細胞、それが分裂して「万能細胞」となり、機能分化して特定の器官になり、特定の役割を分担するようになったのです。DNAはみな同じ、環境によって、葉っぱにもなれるし、幹にも根にもなれます。どんな役にも付くことができるのです。小枝を折って地面に挿せば、成長して大木にもなります。

 人工のシステムはこれと違い、システムの要素はみな違うDNAでできています。育ちも違います。これらの要素がそれぞれ役割を分担し、協力し合ってこそシステムは円滑にまわるのですが、どれか1個の要素が、みずからのDNAをかたくなに主張してバリアを高くすると、拒絶反応でシステム全体が機能しなくなります。この意味で、人工システムには自律的な安定性がなく、求心力を維持するための働きかけがないと不安定になりやすいのでしょう。父ちゃん母ちゃんの小商売、創立間のないベンチャー企業や、小人数の気の合った仲間のサロン、などは意識せずにうまくいくでしょう。しかしベンチャー企業でも規模が大きくなってくると、おたがいの顔が見えなくなり、社長は「たえず志を語らなければならない(孫正義)」ようになるのでしょう。

 さて、電子機器というシステムの中で、半導体と実装はもっとも重要なシステム構成要素です。それぞれに独自の発展を遂げてきました。しかし、システムの要件である「有機的に関係し合い」という点については、筆者はいささか不十分ではないかと思うのです。半導体をやってきた人の中には、実装を一段下に見る人もいるようです。3K職場には関わりたくないと。一方、実装をやっている人には、半導体に、理由のないコンプレックスを抱くこともあるようにみえます。技術的に相互依存が強いので、一緒に仕事はしても、お互い「やらされている」「やってくれない」「相手のレベルが・・・」などの思いがないでしょうか。

 日本人は序列意識が強いといわれます。誰でも、はじめての人に会うときは相手の値踏みをします(いやな言葉ですが)。しかし値踏みをするのはどこの国の人も同じ。赤ん坊でも、イヌでも、サルでも敏感に相手を読みます。残念なのは、日本人は、相手が上と見れば卑屈になり、下と見ると威張る、といわれることです。全てではないにしても、その傾向があるのは否定できないでしょうか。

 国土交通省の調査によると、東京出身者の半数が「序列意識」を持っているそうです。こんな意識が生まれる要因として、東京出身者の半分が「テレビ、新聞、雑誌などマス・メディアの情報」を挙げ、「東京以外の場所の情報がなく、東京だけしか知らないからだと思う」と回答した、ということです。

 要するに、相手を知らないから、故のない優越感、劣等感を持つことになるのでしょう。わたしたちは半導体を知りません。半導体をやっている人は多分実装をあまり知らないでしょう。それぞれに得意とするところがあるが、それぞれに悩みもあるはずです。お互いが「双方向のコミュニケーション」について「意識的」に努力すれば、半導体、実装を含めた電子機器システム全体の技術開発は、よりスムースになると思います。そのためにどうするか。やはり「同じ釜の飯を食う」ことではないでしょうか。


先端が枝となり、その先に新しい先端が芽吹く。

JPCA Home / Back / Menu / 前号 / 次号

社団法人日本プリント回路工業会
Japan Printed Circuit Assciation