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向こう三軒両隣とは日頃よく話をしますが、家庭の事情については触れないようにしています。1軒の家には30歳前後の息子が同居しているはずですが、ほとんど顔を見ない。どうやら夜勤専門で働いているようです。まじめに働いているのだからえらいね、といいながらも、早く正社員になり、せめて昼夜交替の勤務についてほしいなと思っています。20代の夜勤専門の介護士が老人を死なせたという事件がありました。前から昼間の勤務にかえてほしいと希望を出していたそうです。夜勤専門の人材派遣は、採用する側にとっては、面倒な労務問題なしにきつい仕事をやらせられるメリットが大きいでしょうが、派遣される者にしてみれば、こんな暮らしがずっとつづくと考えたら、絶望してもおかしくないでしょう。
15歳から34歳で未婚の無業者は213万人で、10年で80万人増加したといわれます[1]。ウィークデーの昼間に街にたむろする子どもや若者をよく見かけますが、他人事ながら、今日学校は休みなのかな、仕事に就いていないのかと気になります。
若者の学力崩壊、勉強離れが大きな問題になっています。以前、本欄でも取り上げた「国際学力テスト」での成績低下は日本の政財界、教育界に大きなショックを与え、「ゆとり教育」から「詰め込み教育」へと急旋回しはじめています。しかし、知り合いの小学生の教科書をのぞくと、「ゆとり教育」の教科書、教材も結構むずかしい。やたらと「考えましょう」がでてくる。宿題も多い。うっかり1日、2日やらないと、溜まってしまって、もう全部はやれなくなる。やる気力もなくなる。留守中に溜まった古新聞が読めなくなるように。「詰め込み教育」になったらどうなるのかと、いささか心配です。
「国際学力テスト」の結果についてこんな記事がありました。「PISA調査の「総合読解力」分野についてみると、もっとも能力水準の低い「レベル1未満」の者の比率が日本では2000年調査の2.7%から2003年調査では7.4%へと増加し、OECD加盟国全体の6.7%をも上回った。「レベル1」の者の比率も2000年の7.3%から2003年では11.6%へと増加している。また同分野では、日本の上位5%、10%、25%に位置する者の得点はOECD平均より高いが、下位10%、5%に位置する者の得点はOECD平均より低いことも報告されており、二極分化が明確になっている。」[1]
日本の「レベル1以下」とされる子どもの数が、2000年調査の10.0%から2003年調査では19.0%と倍近くに増えているのです。平均点が下がり、国際順位が下がって日本の競争力が心配、という声が多いのですが、平均点が下がったのは下位グループの学力が下がったことによるのです。「詰め込み教育」の復活で、下位グループの学力が上がるのか、元気が出てくるのか、これはかなり疑問と思います。いまや大学全入時代です。下位グループの子どもたちも希望すればどこかの大学には入れるでしょう。そして卒業も。しかし卒業して就職できるかどうかがその子にとって大問題です。知り合いの大学の先生は、学生は就職活動の時期になって、生まれて初めて社会の壁にぶつかる、といっていました。就職はいつの時代もむずかしかった。「大学は出たけれど」という映画が昭和初期に作られています(1929年、監督小津安二郎)。この時代の大学進学率は10%以下です。進学は勉強ができるだけでは無理で、裕福な家の子でないと入れなかったのです。ところが、戦後、高度成長期に入ると学校を出さえすれば就職できる、将来が約束されるという時代になりました。その頃になると、就職のことなど考えないで、まず入学だけを目指したのです。このような日本の教育システムをあるアメリカの学者は「パイプライン・システム」と呼んでいるそうです。「生徒は、パイプの中を流れることによって、自動的に職業に到達する。重要なのは、このパイプライン・システムは、学習という努力が報われるシステムとなっていたことである。・・・学校に入学すれば、授業に真面目に出て試験をクリアし、ルールを守って生活するという卒業するための努力をすれば、学校歴に見合った職業に就けるという形で報われる。」[2]
しかし、1990年代後半、グローバル化やニューエコノミー(情報、サービス、知識産業、等)が浸透してきますと、このシステムが機能しなくなります。「企業は、若者を選別して、能力のあるものは中核社員、専門的社員として優遇、それ以外は、派遣、アルバイトなど保障のない労働者で置き換えようとする・・・パイプの出口が変化し細っているのに、パイプ自体の太さは変わらない。・・・その結果、「パイプライン」に亀裂が走り、「漏れ」が生じる。つまり、パイプを流れていても、そのままでは、職に就けない人が増大する・・・勉強をして学校に入って努力して卒業しても、その努力が現実に無駄になっている学卒者が増える。努力しても仕方がないと思う生徒、学生が生じ、それが学力低下として表れるのだ。」[2]
その結果、生徒、学生には「進路不安」(どんな仕事をしたいのかわからない、進路について悩む、社会でうまくやっていけるか不安だ)が広がります。高校生に対するアンケート調査によれば、「「進路不安」は、@「対人能力」が高い場合、A職業高校に在学している場合に低くなるという結果が得られた。「対人能力」が高い高校生は、将来の進路について明確な展望をもち、それを実現する自信をもかねそなえている傾向があるのである。重要なのは、「学力」は「進路不安」に影響を及ぼしていないということだ。つまり、いくら「学力」が高くとも、「対人能力」を身につけていないような高校生は、自分の将来像を明確に描き出せない傾向があるのである。・・・
さらに、「対人能力」にどのような要因が影響しているのかを分析したところ、@校内成績が高い、A家族とのコミュニケーションが密、H職業高校に在学している、そしてC女子であること、が「対人能力」を高める方向に働いていることが明らかになった。」[1]
この調査結果で興味深いのは、職業高校の生徒のほうが普通高校より「進路不安」が少なく「対人能力」が高いことと、女子生徒の「対人能力」が男子より高いことです(いずれも統計的に有意)。なお、大学に進学する生徒は「進路不安」の問題は大学卒業時点まで先送りされる。また「対人能力」は「学力」より高度で難しい「能力」であるが、その格差が広がっている、としています。
話題を替えて「ものづくり」について。これからの日本の競争力は「ものづくり力」にあるとされ、各方面で「ものづくり力」の維持、強化の活動がすすめられています。東大の「ものづくり経営研究センター」をはじめ、多くの大企業に「ものづくり担当部門」ができました。役所、自治体も熱心です。しかし、「ものづくり」とは何か、がわかりにくい。「ものづくり」をキーワードにホームページを検索すると、高度、戦略技能を持った技能者の育成、“匠の技”の継承、熟練技能とIT技術の融合、達人、作業スキル継承、職人技を守れ!、熟練技術者(マイスター)認定、世界に通じる職人芸継承、技能人材、卓越技能者養成、技能の技術化などの言葉が並びます。「ものづくり」は技術そのものではないようです。しかしそこに日本の競争力の源泉があるというのです。東大「ものづくり経営研究センター」長の藤本隆宏先生は、センターの目的を「日本企業の「統合型ものづくり」の知恵を一般体系化し、その産業間移転、国際移転、次世代への継承に多少なりとも貢献しよう、というものである。「統合型ものづくり」とは、現場の情報共有をベースにチームワークで微妙な相互調整をするタイプの生産・開発システムのことであり、いわゆるトヨタ生産方式や全社的品質管理(TQC)はその代表例である」といっています[3]。
筆者が強調したいのは、このような熟練技能、作業スキル、職人技は大卒の技術者によって蓄積されたものではないということです。日本では大卒技術者も菜っ葉服を着て、現場に入りました。しかし主戦力は優秀な中卒、高卒であったのです。全社的品質管理(TQC)を推進したのもこの人たちです。日本製品の「品質」を作ったのは、能力があっても家庭の事情で進学できなかったこの人たちなのです。
これからの「ものづくり」は、すでに漏れが進行し、ふん詰まり状態の教育のパイプラインに、進路不安におびえながら何となく乗っかっている若者ではなく、高校段階から特定の専門分野、仕事に結びついた分野を学習する工業高校や専門学校を卒業する若者によって支えられるのだと思います。
新技術の「研究・開発」には大学、大学院の系統的な知識が必須でしょう。しかし、新技術の「理解」には体系的な知識は必ずしも必要ない、仕事をしながらでも身につけられる、と筆者は考えています。
社会に求められるのは、学歴はなくとも熟練技能、職人技を持った人を尊敬する風土です。また若者には、森永卓郎のことば「いい大学は何の保証にもならない」をおくりたいと思います。
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