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JPCA NEWS 2005.06

技術と余裕 −脱線事故をめぐって

 なぜか幼児は「乗りもの」に異常な興味を示します。字も読めないのに、電車の型式を、これは北斗星、これはロマンスカーと言い当てる。赤ん坊は天井から下がってまわる「メリーゴーラウンド」を明いたばかりの目で追う。動くものへの興味は、ヒトの祖先が肉食獣、鳥類のように獲物の「動き」を察知して狩をした、遠い昔のDNAが今も働いているのでしょうか。小学生になると電車マニアになり、電車の運転士になりたいという子も少なくありません。大人なっても休日ごとに廃線まぎわの電車に乗りに行く人や模型に凝る人がいます。小津安二郎の映画にはたいてい汽車や電車の走るシーンがでてきます。

 国鉄はかつて信頼の象徴でした。その昔、白手袋の車掌が最後尾のホームに立って、客の乗り降りが終わっても、くさりのついた懐中時計をしばしにらみ、やおら発車の合図をする。その姿には誇りが感じられました。列車本数の少ない田舎では汽車は時計代わりでした。線路工夫は数人並んで、なにかの音頭を歌いながら調子をとってつるはしをふるっていました。線路には一本の草も生えてなかった。

 電車はクルマよりずっと安全な乗り物と信じていました。また、電車はハンドル操作が要らないのでクルマに比べて運転はやさしく、面白そうだと思っていました。ところがJR福知山線の脱線事故で、こんなイメージがひっくりかえりました。関西のJRが昔に比べずいぶん速くなったとは感じていましたが、それが電車のスピードアップだけでなく、駅の停車時間を15〜20秒まで切り詰めてやっと実現できているとは知りませんでした。今回の事故で、JR西日本の収益優先、安全軽視の姿勢がきびしく批判されています。多くの人にとってはじめて聞く話で、信頼を裏切られたと思う人が多いでしょう。ところがJR西日本の経営姿勢に問題がある、大事故につながりかねない、との指摘は何年も前から出ていたのです。筆者は5年前に出た本にいま報じられる問題点がほとんど全部指摘されているのにおどろきました[1]

 「JR西日本は1987年発足以来、鉄道運行の現場を担う高卒社員の採用を92年度まで停止した。鉄道事業部門の社員数は会社発足時の7割ほどに合理化された。年齢構成が著しくいびつになり、技術を継承し、次世代へ伝えていく役割の30歳台の社員が極端に不足している。・・・技術力を持った社員は45歳前後以上。彼らは、国鉄時代に時間をかけた職能教育を受け、仕事を体得してきた鉄道マンたちであるが、10年もたたないうちに退職をむかえる・・・

 コスト削減のターゲットとされたのが修繕費。修繕費は93年から、20%削減され、2003年までにさらに20%削減が打ち出されている。もっとも問題なのが車両の検査・修繕部門である。ここでは車両の定期検査の周期を延ばしたり、メンテナンスフリー車両の導入などで進められている・・・」。JR東日本、JR東海とくらべ、経営にハンディを負って出発したJR西日本ですが、長年かなり無理な経営をしていたのです。

 話を変えて、電車の安定性について。筆者の散歩コースにJRの線路沿いの道があります。土手の上を電車が疾走する眺めはなかなかいいものです。先日、クルマと電車が並走する場面で気付いたのは、電車の両輪の幅が車体の大きさに比べアンバランスに小さいこと。よくひっくり返らないなと思うくらいです(a図)。それに比べ、クルマのトレッド(左右両輪間の寸法)はほとんど車体幅一杯あり、転倒する危険性はずっと少なそうです(b図)。

 JR通勤電車と、かつて転倒事故を起こし裁判沙汰になったフォードのエクスプローラーの寸法を比較してみました(事故車と型が違うかもしれませんが)。


    JR西日本125系 エクスプローラー
  両輪間寸法 1067mm(狭軌) 1550mm
  車体幅 2950mm 1880mm
  車高 3640mm 1805mm

 電車の両輪間寸法はクルマの3分の2しかないのに、車体幅は1.5倍、車高は2倍もあるのです。こんな電車が時速120キロ、130キロで3分おきに走れるのはすごいことです。それを可能にしているのは、道路とは桁違いによく整備されている線路と信頼度の高い信号、制御システムなのだと筆者は思います。車体を見れば、電車はクルマよりずっと不安定なもの。鉄道の高速と信頼性は、線路と制御システムのおかげでやっと支えられているのだ、と考えておく必要がありそうです。JR西日本には、鉄道の信頼性はあたりまえ、私鉄との競争や収益が第一という意識が強かった。しかしメーカーでも、とかく、品質はあたりまえ、他社との競争、コストが優先という考え方になっているのではないでしょうか。どちらも危ない。

 事故を起こした電車の高見運転士(23)は、前日は23:00まで勤務、その後仮眠、事故当日朝6:00に点呼を受けて快速電車を運転していたとのこと。睡眠時間はせいぜい5時間くらいでしょうか。運転士は遅れを取り戻そうと直線区間を最高速度で走行、現場カーブぎりぎりまで減速操作を遅らせたとみられています。総合指令所からは「遅れを取り戻すよう努力してください」と繰り返し無線が入る。運転士は、もう少し、もう少しとアクセルを踏み続けたのでしょう。電車の所要時間は、通常、車両性能、制限速度から運行時間を設定し、駅での停車時間や乗降トラブルなどを想定した「余裕時分」をプラスします。ところがこの快速電車は運行時間の「余裕時分」がゼロ(他の余裕ゼロ電車よりさらに5秒短い「最速電車」)だった。運転士は秒単位の遅延がチェックされ、重なると懲罰的な「日勤教育」が待っている。牧歌的な運転士のイメージは幼児の絵本の中だけのようです。

 2002年、京都駅での異常接近事故で、航空・鉄道事故調査委員会は、「余裕時間がないことが事故の要因」と指摘、「定時運転確保に対する強い意識が、異常時にあせりを招き、基本動作の確実な実施を阻害した可能性があった」、重大事故につながる兆候として警告する報告書を発表しました。JR側は、「余裕のない時間設定に問題があった」と回答、是正を約束していた。しかし、その後に行われたのはさらなる過密ダイヤの編成。宝塚―尼崎間では、停車駅を増やして所要時間が延びたのに「余裕時間」ゼロの運行が強行されたといわれます。

 事故を起こして死亡した運転士は、「遅れを取り戻すことができる力量を持った運転士ほど社内で高く認められる・・・電車の出発が遅れたり、乗り降りが長引いたりしたときは、時間を詰められるところで詰めなければならない。具体的には(1)直線区間でスピードを上げる時間を延ばす(2)カーブ手前の減速ポイントでブレーキをかける位置を遅らせる。これらの方法は「社内の運転マニュアルではなく、見習い時代に先輩から教わったり、職場で同僚からコツを聞いたりして覚えた」と語っていたそうです。「余裕時間」ゼロは運転士にきわどい運転を強いていたようです。

 安川電機の中山会長は語っています[2]。「列車はレールの上にフランジ(縁)の付いた車輪が乗って走るだけの簡単な構造です。・・・人間は間違える。特に慌てたときには想定外の動作をすることがある。通勤電車で120キロや130キロの運転をする以上、技術的に可能な安全対策は欠かせません。・・・定時運行は大事ですが、秒単位の遅れやセンチメートル単位の停車位置のズレに神経質になり、運転士の技量に過剰な負担を掛けるのは、社員にまるで戦時中の竹やり精神を求めているようなもの。外国のお客さんを新幹線に案内して時刻や停車位置の話をすると、みんなびっくりします。しかし、そんなち密さをまねる国はありません。驚かれはしても、尊敬されてはいないのだと思います」

 以上脱線事故について背景や課題を見てきたのは、これはJR西日本だけの問題ではなく日本のどの鉄道会社、どの企業でも起こり得る事故だと思うからです。合理化、リストラをあまりに急ぐ企業、辣腕経営者には多かれ少なかれ共通する危険なのではないでしょうか。無駄を省け、これまでの設備保全の周期に根拠はあるのか、延ばせるのではないか、「余裕時間」はなくてもマニュアルどおりに運転すれば定時運行は可能のはず、等々、上から圧力がかかる。脱線事故の後もあちこちでオーバーランが相次ぎました。事故を起こした運転士はたいてい「うっかりしていた」「考え事をしていた」と言っています。うっかりするのが人間、それでも安全が損なわれないよう、適切な余裕とフェイルセーフの装置を考えて欲しいと思います。私たちもドアが閉まっても動きださない電車にいらいらするのはやめたいものです。

 最後にプリント板のデザインルールについて。めっきスルーホールの穴の周りにはアニュラリングが設けられています。この一見無駄な領域は何のために付いているのか。それは材料の寸法変化、パターン形成・穴あけの位置ずれ、その他製造上のもろもろの誤差を吸収するための「余裕」なのです。年々、ライン・スペース、穴径の縮小が急速に進んでいますが、その割にアニュラリングは小さくなっていません。材料やツールの寸法変化を抑え、セットずれを小さくする技術の進歩がライン・スペースの縮小ペースについていっていないからです。何でも適度なガタ、余裕があってはじめて円滑にまわる。


[1] 安部誠治「新幹線が危ない」(世界書院2000/7)
[2] 中山 真「鉄道事業に欠けたもの」(日経05/5/16)
図 「電車とクルマの顔」

今や昔、停車時間に名物弁当を買うたのしみ。

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