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JPCA NEWS 2005.07

からだで測る、1/1000の技術

 レストランのカウンターで料理をつくる様子を眺めるのが好きです。大きなひしゃく一つで水、だし汁、油をそれぞれ適量に掬ってなべに入れ、塩ひとつまみ、コショウひと振りなどすべて目分量、見当で放り込んで手際よく料理をつくるのに感心します。これでよく料理の味がばらつかないものです。筆者もたまに食事をつくりますが、おおかたは料理本や食材の袋に記載されているとおりに、計量カップ、タイマーを使って正確にやります。しかし「手早く炒めて」などというのがうまくいかない。焦げ付いて水を差したりすることになります。

 イチローが外野深く捕ったボールをライナーで返球し本塁でランナーを刺すなどというのも名人芸です。ライナーといっても20メートルくらい高く上がってから落ちる放物線を描くはずです。100メートル近くを投げて10センチほどの精度でキャッチャーのミットに入るというのは1000分の1、まさにICBM(大陸間弾道ミサイル)の精度です。サッカーのパスの精度もすごい。テレビではわかりませんが、広いサッカーグラウンドで選手のけるボールの距離、スピードと方向の正確性はスポーツ音痴の筆者にも感動的です。10メートルのパットを沈めるプロゴルファーの精度もほぼ1000分の1です。

 生身の人間がこんな高い精度で自分の体を制御できるのはおどろきです。重力による落下や空気抵抗を考慮に入れて投げる方向と速度を決め、芝目と距離を読んで打つ方向と強さを加減する動物的な勘のするどさ。その昔、計測器がすべてアナログ式であった時代、普通の電圧計、電流計の精度はフルスケールの0.5%で、「コンマ5級」と呼ばれていました。普通の実験には使わない精密級の計器で精度は0.1%でした。一流のスポーツ選手はその精密級のアナログ計器なみの0.1%の精度で周りを測り、自分のからだをコントロールできるのです。

 筆者は器械を使わず自分のからだと五感だけでものを測ることに興味を持っています。距離や時間や温度を推測したり、目をつむって歩くことも試みます。距離は歩測、時間は呼吸数(脈拍は変動が大きい)、温度は触ってみる。人がヤカンを持ち上げるしぐさを見て、ヤカンに入っている水の量を推定し、それが当たるとよろこんでいる。ヤカンを持つ人もあらかじめ内容量を予想しています。予想した量より少ないとヤカンはひょいと上にあがる、予想より多いと、つと手首が下がる、その違いを見れば内容量が大体わかるのです。宅配運転手の荷物を肩にかつぎ上げる様子、腰の入れ方から荷物の重さが推定できます。「とび職」の技能検定委員の人に聞いた話では、重量物運搬の実技試験では、台車に積んだ荷物の重量を見ただけで推測する問題が出るそうです。

 伊能忠敬は日本地図作成にあたって、距離の測定には鉄鎖や麻縄も使いましたが、ほとんど歩測で測ったようです。忠敬は子午線1度の長さを110.85kmと求めましたが、これは今の値110.98kmに比べて1/1000しか違いません(注1)。歩測の精度は平地部で1/30とされています[1]。これでは1/1000の精度で測量することはできないはずなので、肝心のところは鉄鎖、麻縄を使ったのでしょう。筆者の実感としては歩測の精度はもっと高い。1/100くらいの精度はあると思います(平地をリズムで歩いているときは1km歩いて10歩も違わない)。国土地理院の職員は、入所すると100mを66複歩ないし67複歩で歩く訓練を受けたそうです。1複歩は2歩、したがって150mを100複歩で歩く訓練を受けるのです。歩幅75センチに相当しますが、これは旧日本陸軍の基準であり、その由来はドイツ陸軍、さらにはローマ時代の1マイルにまでさかのぼるというのはすごいことです(注2)。国土地理院の測量では今でも器械で測定したポイントとポイントの中間は歩測でデータをうめているようです。

 伊能忠敬は最初、地球の大きさを測りたいという思いだけから、50歳を過ぎてから測量の勉強をはじめました。忠敬と同じ方法で、北に向かって歩測で距離を測り、北極星の高度の違いから地球の大きさを測る人が今もたくさんいます。手じかな手段で、でかい地球の大きさが測れるというのは大人の心をかきたてるロマンなのでしょう。

 ところで、高校で物理学の基礎がケプラー、ガリレオ、ニュートンにより築かれたことを学びます。ケプラーは3つの法則を発見し、それがニュートン物理学につながりました。ケプラーの法則は、(1) 惑星の軌道は楕円で、太陽はその楕円の焦点に在る。(2) 惑星と太陽をむすぶ直線がある時間内にえがく面積はつねにひとしい。太陽に近いときほど惑星はよりはやくうごく。(3) 惑星から太陽までの距離の3乗と、惑星の公転周期の2乗との比は一定、とまとめられます。筆者はこれを教わったとき大きな疑問を持ちました。ケプラーが法則を導く際に利用したのは師ティコブラーエの精密な観測データです。ティコブラーエは16世紀の人。当時、太陽や惑星の距離を測定する手段があったのだろうか、と。この疑問は永らく解けませんでしたが、朝永振一郎の本[3]を読んでやっと理解できました。朝永さんはノーベル物理学賞受賞の高名な先生ですが、初学者向けの本もたいへんわかりやすく、この本も名著とされます。ティコブラーエは一定時刻に地球から見た太陽や惑星間の角度を16年にわたって測定していました。ケプラーは最初、天動説の立場でティコブラーエのデータを解釈すべく計算に何年も費やし、やっと目的を達成したかに見えましたが、角度にして8分(約1/8度)計算値と観測値が合わない。尊敬するティコブラーエのデータにこんな大きな誤差があるはずがない、として天動説の仮説を捨てたといわれます。そして、太陽・火星間の距離を1として地球の軌道を求める、太陽・地球間の距離を基準に火星の軌道を求めるという推理を行い、幾何学だけを用い、絶対的な距離ではなく、距離の比率だけを用いてケプラーの法則を導びき出したのです。第1、第2法則の発見までに8年、第3法則発見までにさらに10年かかりました。

 さて、伊能忠敬の角度測定器(地平儀)の読み取り精度は5分(1/12度)だったといわれます。移動しながら測定する測量機器と天文台の観測機器は違いますが、それより200年前のティコブラーエの観測データの精度の高さにおどろくし、角度8分の食い違いを無視できないとして新しい理論の構築に進んだケプラーもすごいと思います。時代下って、今や携帯用のGPSでも緯度・経度は0.1秒単位で出力されます(精度は0.2秒程度、距離にして5mくらい)。伊能忠敬の時代の1500倍の精度です。距離の測定もレーザー光の往復する時間から距離を求める光波距離計により、1/10,000,000(1キロメートルで0.1ミリ)くらいの精度で測定できるようになりました。道路工事の現場で見かける小さな測量器械です。

 今は計算尺もそろばんも要らない、何でもデジタルで何桁でも計算できる時代です。しかし私たちは、ケプラー、ニュートンや伊能忠敬の時代の人たちの苦労と情熱を忘れてはなりません。また、人間の五感はすべてアナログ、感覚できる有効数字はせいぜい3桁、計測器が出した数字をひとはアナログに変換して「体感」するのです。体感しないことは理解できません。高精細大画面、高性能のデジタル家電に目を奪われても実体験には及びません。愛・地球博のアメリカ館ではフランクリンをやっていました。凧に落雷したシーンでは観客の座席がゆれ、雨まで降りかかりました。大画面だけでは実体験に近づけないのです。以下は養老先生の講演の抜粋です。「私どもの世界は二つある。一つは感覚から入る世界、五感から入る世界だ。もう一つは頭の中の世界、概念の世界。身体は自然に属するが心は自然でなく意識だ。人間は意識の世界に入っているから、私は体を使わせようと思って、『参勤交代』を提案した。都会の人は1年に一定期間、田舎へ行って働けと。棚田の整備とか杉林の間伐とか・・・頭で考えたことは大体ろくなことはない。それを知るためには何をすればいいかというと、体を使うことだ。」[4]

 近年、プリント板の製造は装置化、自動化が進み、人が手を下す作業が少なくなりました。また、人手がかかる作業の多くは派遣社員によって担われています。正社員は一日パソコンに向かうか会議で議論しているという状態で、五感に衰えがきていないでしょうか。衰えを防ぐには体を動かすのが一番ですが、プリント板にかかわる人はどうやって体を動かせばよいか。筆者は、プリント板や実装基板の「外観検査」を1日、検査の現場で実際にやってみるのはどうかと思っています。パターンの細り、間隙不良、ずれ、合致不良、オーバエッチ、アンダーエッチ、下地露出、変色、全体的な仕上がり不良(汚い)など、さまざまな欠陥が見つかるはずです。合否の判定はプロの検査員に任せるとしても、品質の多様性を実感し、製造の難易、品質の良否についての五感が戻ってくるのではないでしょうか。ポイント(たとえばオープン・ショート)は機械で押さえ、中間(たとえば「できばえ」)は測量における歩測のように五感で埋める、それがものづくり。そして、機械は買えるが五感は養うしかないのです。


(注1) 1海里=1852km。1海里は緯度の1分(60分の1度)に相当する距離で、航海や航空には非常に便利 という[2]
(注2) 1000複歩は1.5キロメートル、これがローマ時代の1マイルだった。その後イギリスにマイルが入っていったとき、それまで使われていた単位と折衷されて1609mになった[2]

[1] おもしろ地図と測量のページ(http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaempfer/
[2] 森口繁一「数理つれづれ」(岩波書店2001)
[3] 朝永振一郎「物理学とは何だろうか」(岩波新書1979)
[4] 養老孟司「頭でなく体で考える」(朝日05/6/18)
心柱一本と「ほぞ組み」だけを用いる五重塔は、嵐にきしんでも千年立つ。これも多分、1/1000の技術。

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