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JPCA NEWS 2005.10

一冊の本

 先日の新聞記事で、子どもの頃、空想にふけった「ロビンソン漂流記」の世界がよみがえりました。この漂流記は、18世紀、英ダニエル・デフォーの作で、船乗りロビンソン・クルーソーがある航海で嵐に遭い、船が難破、ロビンソンだけが絶海の孤島に漂着し、ひとりで生活の基盤を作り上げていく物語です。忍耐力と創意工夫で、小屋を建て、家具を作り、ヤギの皮で上着やズボン、傘まで作り、小麦を植えてパンを焼く。それを日記につけていく。紙がなくなると、日を忘れないよう毎日ナイフで柱にきざみを入れる。難破船から持ってきたナイフに切り込みを入れてのこぎりを作るなど、こまかいものづくりの描写が子どもの心をとらえます。

 この漂流記は世界中で人気を呼び、マルクス、マックス・ウェーバー、ルソーや夏目漱石も引き合いに出しているようです。日本でも江戸時代にもう『魯敏遜漂行記略』など翻訳本が2冊も出ているとか(魯敏遜はロビンソンの当て字)。

 筆者が繰り返し読んだこの本を、おもしろいからと小学生にすすめても、残念ながら全然興味を示しません。近ごろの子どもは忍者や探検には興味が無いのかと思ったら、そうでもない。屋根裏に何やら秘密基地をつくって、それを自慢したがります。

 新聞に出た記事は、「ロビンソン・クルーソー漂流記」にはモデルがあり、そのモデルが作った小屋の痕跡を、日本人探検家、高橋大輔さんが発見したというニュースです[1][2]。場所はチリ沖合い700キロのロビンソン・クルーソー島。発見の経緯は「ナショナル・ジオグラフィックス」の10月号に紹介されるとのことです。

 もう一度この本を読んでみようと、本屋を探したが、ない。近くの図書館で英米文学数百冊をざっとながめても見つかりません。図書館の検索画面で探すと、何冊も貸し出し中になっていました。多分往年のロマンチストが新聞記事を読んで借りていったのでしょう。たまたま高橋大輔さんの「ロビンソン・クルーソーを探して」という本を見つけて読んだところ、これがたいへんおもしろい。

 高橋さんは1966年生まれの探検家です。

 「自然が身近にある秋田県で生れ育った私は『ロビンソン・クルーソー漂流記』を読み、少年時代、その世界に漠然とした憧れを抱いていた。近くの小川でつかまえた魚を火であぶってみたり、実家の庭に棒を立てて、小屋をどうやって作るかに熱中したり・・・  もし自分も彼のように一人きりで無人島に漂着したならば、彼と同じように家を作り、狩猟をし、生さながらえていけるのだろうか? 多くの人が一度はそのことを考えてみるように、この物語は、私に少年時代の夢と冒険心の小さな炎を与えてくれたのである。」

 高橋さんは、その炎をずっと持ち続け、バックパックを担いで六つの大陸を放浪しました。 「現代文明の中で暮らしてきたものが、ある日突然、自然の中に放り出されたら、本当にその中で生き残っていけるのだろうか? その答を導く鍵となるもの。それは荒野を旅する時、常にバイブルであり続けた『ロビンソン・クルーソー』であった。」

 彼は、ロビンソン・クルーソーのモデルがアレクサンダー・セルカークという実在人物であることを知ります。セルカークは喧嘩っ早い靴屋の息子でしたが、家を飛び出し船乗りになります。私掠船(英国公認の海賊船)で航海中、船長と口論の末、チリ沖合いの無人島に取り残されました。4年4ヶ月にわたる孤独な生活の後、救出されましたが、ロビンソン・クルーソー漂流記は救出した船の船長の書いた記録を元にフィクションを加えて書かれたものです。

 高橋さんは、「本物のロビンソン・クルーソーの無人島生活にこそ、フィクションを越えた生身の人間の可能性と限界が潜んでいるはずである。私は本物のロビンソン・クルーソーを発掘しょうと思った・・・ つまり彼が陥った境遇、そして決断や行動、感情、夢や希望、または絶望や心の葛藤、その全てを、挨をかぶった歴史の中から掘り起こそうと思ったのだ。

 どうしたらいいだろう? 簡単に言ってしまえば、そのためにはまず私自身がロビンソン・クルーソーになりきらねばならないだろう。無人島での生活を再現するため、島にわずかな道具と食糧を持ちこんで生活をしてみよう・・・少年時代からずっと憧れていたロビンソン・クルーソーの生活に挑戦するのだ!」

 そして、1994年2月、セルカークの生誕地を訪ね、同年12月、マス・ア・ティエラ島(ロビンソン・クルーソー島)に向かいました。そして、そこで1ヶ月間、一人っきりのテント生活をしながら、ロビンソン・クルーソー(セルカーク)の遺跡を探すのです。日本から持ち込んだ食糧は、米2キロ、固形コンソメ、塩、コショー、カレー粉、板チョコ、ビタミン剤だけ。足りない食糧は魚を釣るなどして調達します。水に落ちるバッタをつかまえてエサにすることも学びました。しかし、大きさ約47平方キロ(三宅島ほど)の大きさの島です。300年前の小屋の痕跡を探すのは容易ではありません。ロビンソン・クルーソーが生活の場として考えたであろう立地条件を、川に近い、食糧が手に入れやすい、平坦で乾燥した場所、海へのアクセスがよく、見渡せる場所、と推理し、3つの地域を選びました。それぞれにキャンプを張って付近を踏査し、独力で詳細な見取り図をつくりました。

しかし、1ヶ月の探索で遺跡を発見することはできませんでした。それから10年、ついに遺跡が発見されたのです。遺跡は、高橋さんの予想通り、海がよく見える高台に残る石造りの建物跡の床下に見つかりました[1]。今度は英国、チリの考古学者も加わる調査チームで探しましたが、高橋さんが中心的な役割を担ったことは確かでしょう。

それにしても、子どもの頃の夢をここまで追求するのはすごいことです。それは、少年のころからホメロスの物語を愛読し、トロイアの実在を信じ、ついに遺跡を発掘したシュリーマンに通じるものがあります。

 ところで、セルカークが船長との口論の末、船から離れるとき、持っていたのは船員用の大きな木箱一つ。その中身は、衣類、寝具、マスケット銃一丁、火薬と弾丸、タバコ、手斧、ナイフが一本ずつ、やかん一つ、聖書一冊、大工道具やその他実用品数点、航海用の計器類、そして何冊かの本だったそうです。セルカークは、生まれ故郷からはじきだされた問題児で、海賊船の船乗りになるのですが、それでもずっと聖書を手元に置いていたのです。彼は、救出されてふるさとに戻ってもその生活になじめず、また海に出て行きます。その前に書いた遺書には、「神の名において、アーメン・・・セルカークは今や航海に出ようとしており、その危険とはかない自分の命に思いをいたし・・・そして私の肉体は、神がその無限の英知で治めるこの世の陸と海にゆだねるものである・・・」[3]と。

 それにしても、子どもの頃に読む本の強さを思うのです。シュリーマンも高橋さんも子どもの頃の夢をとことん追いました。問題児のセルカークも幼い頃に繰り返し読んだ聖書がその人格にしっかりと根付いていたのでしょう。今の子どもはどんな本を繰り返し読んで大きくなるのでしょうか。発明発見の物語も、英雄伝、偉人伝も今の子どもにはあまり魅力がないでしょう。ハリーポッターかサスペンスか。

「無人島に持っていく一冊の本」は繰り返し取り上げられる企画です。欧米ではたいてい聖書がトップで、トルストイ、ドストエフスキーなどが選ばれます。日本ではどうでしょうか。昔なら論語でしょうか。永もちしそうなのは広辞苑や理科年表ですが、バイブルとはいえないし。

どんな分野でも、読む人の血肉となるのは繰り返し読んだ本です。高校の数学でも教科書を1回読んだだけでは理解できません。2回読んでやっと分かる部分があるはずです。なぜか。山の全容をつかんでいないと、藪の中のきつい急坂を理解できないのです。なんでわざわざこんな道をつくるんだと。

しかし、現代人はいそがしい。子どももいそがしい。読まなくてはならない本や新聞、雑誌が多すぎて、読みきれない。本屋に行くと面白そうなタイトルの新刊が山と積まれていて、はやりの本をつい買ってしまいますが、読めないものが多い。筆者は本を買うとカバーをかけてもらいます。読んだらカバーをはずして書棚に積みますが、カバーをかけたままの本が増えてきました。本当は、古典やスタンダードなテキストを繰り返し読み、サプリメントに新聞、雑誌で最新の情報を拾い読みするのがいいと思うのですが。

昔は、この分野にはこれが標準的な教科書、というのがあり、まずそれをじっくり勉強し、だんだん他の本にも目を通し、知識の幅を広げるということができました。プリント板ではさしあたり米マグロウヒル社の「プリント回路ハンドブック」[4]でしょうか。2001年、第5版が出ましたが、米国プリント板業界の衰えによるのか、安達先生監訳の旧版の輝きはないように思います。日本でもこんな本が、プリント板に炎を燃やす若い技術者によってまとめられ、世界におけるプリント板分野の一冊の本になればいいなと期待しています。


[1] 「ロビンソン『孤島』の跡」(日経 05/9/16)
[2] 「モデル船員の住居跡?」(日経 05/9/16)
[3] 高橋大輔「ロビンソン・クルーソーを探して」(新潮社 1999)
[4] Coombs ”Printed Circuit Handbook” (McGraw-Hill 2001)
「山の姿をイメージしつつ、藪の中のきつい急坂を登る。」

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