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JPCA NEWS 2005.12

棒の強さ、ロープの強さ

 11月7日、JR山手線の架線事故で電車が5時間もストップし、通勤通学の17万人の足が乱れました。原因は、架線の「バランサー」(図)の重りが落ちて、架線がたるんだのです。

図 電車の架線バランサー(滑車式)

 バランサーは温度などによる架線の伸縮を吸収し、一定張力で引っ張り、架線とパンタグラフの接触を安定にする仕掛けです。ほぼ1.5キロメートルごとに架線の両端に設置されますが、温度変化30℃で、伸縮は70センチほどにもなるので、このような仕掛けが要るのです。バランサーのタイプには重りで引っ張る滑車式とバネで引っ張る新しいタイプがあります。滑車式(図)の構造は簡単で、架線の端を滑車にかけ、重りを吊り下げるだけです。滑車式は100年以上使われており、JR東日本では現在1万個所以上が滑車式ということです。私鉄も滑車式が多い。

 今回の事故では、重りを吊っている直径2センチ、長さ1メートルの鉄の棒が切れました。重りは440キロと重いが、鉄棒も太いのでとても切れそうにない。それが切れたというのでみな驚きました。マスコミやインターネットの書き込みには、さまざまなコメントが出ました。

・日本の安全神話がどんどん崩壊しつつある。上越新幹線、福知山線の脱線、山手線の架線たるみ。これらの事故はほとんど、いやすべてと言っても過言ではないほどヒューマンエラー・・・士気の低下、整備士の点検ミス、慣れ、確認ミス・・・。

・たかが架線トラブルで5時間も運休するなんてあまりにもお粗末。こんな鉄板の直撃を受けたら死にますよ。何考えてんだか・・・こんな「古典的」な方法で架線を張っているなんて知りませんでした・・・元社員なのに。

・あの重りが落ちるなんて・・・ある意味ちゃちな仕掛け・・・

何でも人のせい、単純ミスにする。こんな議論で改善が進むとは思われません。心もとないのはJR東日本の説明(新聞記事)です。

・鉄棒は設計上の耐用年数は約30年。山手線のものは16年前、10月に事故があったJR仙石線のものは23年前に設置されていた。重りは事故があった2件はともに鉄製だった。このため、(1)鉄棒の製造上の不良(2)鉄製重りがさびて体積が膨張し、鉄棒の根元を押し上げる力が働いた、という二つの原因が推定される。

・ JR発足後の89年に新品と交換され・・・今年1月の目視による定期点検でも異常は見つからなかった。

・鉄棒の破断面の形状などから、「人為的な切断ではない」とし、鉄棒が▽不良品だった可能性▽さびで膨張した重りが穴の周りから鉄棒を圧迫▽金属疲労−などの観点から、破断した原因を調べている。

 以上には記者の誤解もあるでしょうが、筆者に分からないこと。@設備の「耐用年数」は磨耗や疲労でだんだんに傷んでくるものに適用するもの。重りと吊り下げる鉄棒だけの構造に寿命があるとは思えない。こんな重りに30年の耐用年数を適用し、それ以内なら使える、それを過ぎれば交換とするのはおかしい。Aただの重り。コンクリート製でなく鉄製だったから落ちた、とするのはおかしい。重りがさびて鉄棒を圧迫し、鉄棒が切れるとは考えられない。B目視の巡回点検で、棒の破断の兆候を見つけることはまず不可能ではないか。国交省鉄道局「聞いたことのないトラブル。鉄棒の微小な亀裂などは見逃される恐れもある」の通りです。

 破断個所は仙石線、山手線とも棒上部のリング溶接部でした(図)。破断の原因はバランサーの構造や設計に問題があるのではなく、棒の「つくり」、多分溶接に問題があったと思われます。構造や設計に問題があるのなら、何万ものバランサーが100年以上も使われるはずがない。重りは架線に比べてあまりにマイナーな部品なため、溶接品質まで目が届かなかったのでしょう。

 この事故で2センチもの鉄棒が切れたと聞き、筆者は井上靖の小説「氷壁」を思い出しました。小説では、冬の北アルプス・穂高岳の岩壁を登攀中にナイロンザイル(クライミング・ロープ)が切れて、パートナーが墜落死する。事故の原因をめぐって登山グループとザイルメーカーが対立し、ナイロンザイルの強度に問題があったのか、使い方が悪かったのか、果ては、命が惜しくてザイルを切ったのでは、という論争が起きます。そして大掛かりな実験が行われました。高い鉄やぐらを組み、鋭利な岩角にザイルを掛け、いろいろな高さから重りを落すという実験です。試験にはナイロンザイルとマニラ麻ザイルが使われ、結果は、強度についてはナイロンが麻に比べ数倍強いが、条件によっては簡単に切れる場合がある、というものでした。小説ではこれに悲劇的なロマンスも織り込まれ、大好評を得ました。未踏峰マナスルへの日本隊の初登頂もあって、日本の登山ブームのきっかけをつくったといわれます。

 「氷壁」は実際に起きた事故をモデルにしています。井上靖は小説のモデル、石原国利氏(当時中央大生)に会って話を聞き、「この青年にうそはない」と確信し、騒動のさなかにもかかわらず、石原の立場から小説を書き始めたといわれます[1]

 ザイル強度の実験をしたのは阪大工学部で、実験場所は、小説では横浜とされていますが、実際は蒲郡市だったと思われます。蒲郡はロープ生産の中心です。かつて、筆者はこのザイル実験を行ったという蒲郡の施設でロープの衝撃試験を見ました。やはり岩角にロープをかけて重りを落下させました。試験したロープは、ナイロン、ビニロン、麻でした。ロープはどれも切れなかったのですが、印象深かったのは、落下の様子がナイロンロープとビニロン、麻ロープではぜんぜん違うことでした。重りを落すと、ビニロン、麻ロープは一旦伸びたあと少し戻ってすっと静止します。一方、ナイロンロープの場合、重りは大きく落ちてから、元の高さより高い位置まで跳ね上がり、再び落下する。これを何度も繰り返してから落ち着くのですが、その間、左右にも大きくゆれるのです。港湾荷役にナイロンロープを使った場合、何かの原因で貨物が落ちると、ロープは上下、左右にのたうちまわり、作業者がロープにはねられて死亡する事故が相次いだそうです。

 このロープ工場で、ロープ破断の瞬間の高速度カメラ撮影を試みました。ロープの太さは20ミリくらい。引張り試験機にロープをセットし、近くにカメラを据え、待避壁に隠れて破断の瞬間を見守りました。徐々にロープに荷重をかけていくと、ミシミシと音はしますが、ロープの外観に全く変化は見られません。そして突然、大音響とともにロープは切れました。一瞬の出来事でした。カメラのフィルムを見てみると、1コマ前にはロープの完全な姿、次のコマでは切れたロープの端が宙に舞っていました。太いロープが数千分の1秒で切れたのです。これにはおどろきました。毛糸や木綿糸を引っ張るとずるずるっと抜けて切れます。金属でも合成繊維でも、何本もの撚り糸を合わせ、何段にも撚りを重ねていくと、単糸やムクの金属や樹脂の棒とは全く違った、ロープ独特の物性になるのです。

 瀬戸大橋では、太さ5ミリのワイヤ3万4000本を束ねてつくられた、直径1メートルのメインケーブルが使われています。なぜこんなにたくさんのワイヤを束ねるのでしょうか。細いワイヤや糸は弱い。しかし断面積あたりの強度でみると、サイズが小さいほど強いのです。以下はその例です。

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鉄板 1.6mm未満 20.9kg/mm2(100%)    40mm超 17.9kg/mm2(85%)
手術用の糸 0.17mm 25.1kg/mm2(100%)  0.55mm 14.9kg/mm2(73%)
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 デュポンがナイロンを世に出したときのキャッチフレーズは「蜘蛛の糸より細く、鉄よりも強い」でした。上の表でも断面積あたりの強さは手術用の縫合糸(絹糸や合成繊維)のほうが鉄板より大きいことがみられます。細い糸を束ねれば強いロープが得られるはずですが、束ね方が難しい。きつ過ぎて、棒になってしまうと硬くなって曲がらなくなり強度も落ちる。ゆる過ぎると素線がほどけてばらばらに切れるのです。

 「氷壁」中、ザイル実験を行った先生の言葉。「・・・ロープにも生命(使用時間)がある。それを決定するものは、三つある。ロープと接するものの材質の形と粗度、荷重の大小、ロープの取扱い方です。これによって、ロープは短命だったり、長命だったりします。・・・取扱い方の問題ですが、ワイヤロープであれ、マニラロープであれ、合成繊維のロープであれ、ロープの種類を問わず、キンク(撚りを戻すこと)を起すようなロープの扱い方は禁物です。それからショックをかけてはいけない。大体ロープの本質は静かに引張るものですからね。次は小さい半径で曲げてはいかん。・・・ところがクライミング・ロープの場合を考えてみると、いま申し上げたロープの本性上避けなければならぬ条件が全部働きかけて来る。・・・クライミング・ロープというものは、ロープの本性から考察すると、大体避けなければならぬ使い方を強要されているところに成立しているものです。当然、そこに、その無理をカバーするための技術というものが大きくものを言ってくると思うんです。」

 ロープは多数の素線が微妙にずれあるいは変形して、素線1本1本が受け持つ応力をバランスさせ、ロープ全体の大きな強度と柔軟性の両方を実現しています。そして用途によっては棒より強いのです。このようなロープの特性はそのまま「組織」にも当てはまるように思います。一枚岩は必ずしも強くない。ばらばらでも強度は出ない。一人ひとりのの力を活かしつつ、キンクしないよう組織を束ねるのは容易ではありません。プリント板に使われるガラスエポキシ積層板にも同じようなバランスが求められます。

 「氷壁」はたびたび映画化されていますが、近くNHKが世界第二の高峰「K2」を舞台にドラマ化するそうで、楽しみにしています。


[1] 「高い山へ地の果てへ ロマンと悲劇の「氷壁」」(朝日05/11/16)
[2] 井上 靖「氷壁」(S31.11.24--S32.8.22朝日新聞連載、新潮社)
 
「かずら橋。橋も渡る人も微妙なバランス。」

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