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JPCA NEWS 2006.1

「想定外」の検査

 売り場での若い夫婦、「あしたは朝、昼、晩、ラーメンよ」「えー。マジー!」。昔、子どもはウソをついてはいけないときびしくしつけられたものです。相手の話が信じられないとき、女性がはさむことばは「ホント?」だった。それが「ウッソー」に変わり、最近は「マジ?」です。このほうが聞きやすい。

 幼児もウソをつきます。おおかたはかわいいウソですが、なかにはどきっとするようなしたたかなウソもあります。暗闇に点滅しながら流れるほたるの光は幻想的です。しかし、それは人間の思い込み。ほたるは繁殖相手を誘うために、種ごとに決まった点滅パターンの光信号を送っているのです。種によってはそれを逆用し、異種のほたるの求愛信号をまねておびき寄せ、食ってしまうのもいるようです[1]。擬態もある、目くらましもある。ウソや偽装は生物に組み込まれた、生きるための知恵の一つのようです。人間の社会にも、ウソも方便、善意のウソなどという言葉があります。ウソには人をかつぐだけの軽いものと、ついてはならない重大なウソがあり、子どもは成長するにつれ、その使い分けを体得していきます。

 生物の社会は、種の約束(おきて)が守られてこそ維持されます。「おきて破り」がきびしい制裁を受けるのは、グループの生存をおびやかすからです。残念ながら、個人が帰属意識を持ち、忠誠を誓わなければならないとするグループの大きさは、意外に小さい。自分の家族、村、うちの会社、業界、役所や、せいぜい自国までで、なかなか人類全体までには広がりません。

 社会のインフラや活動範囲が国全体、グローバルに広がり、相互にリンクしてくると、その仕組みの維持には狭いグループを越えた信頼関係が欠かせません。基本的にウソはないという前提で社会は成り立っているのです。どこかにウソが入っていると仮定すると、何が本当なのか急に見えなくなるのです。高木貞治先生の本の一節。「ターレスは言った。『クレタ人はうそつきである』。不幸にしてターレスもクレタ人であった。クレタ人ははたしてうそつきか。クレタ人ターレスが言った言葉をウソだとすると、クレタ人は正直者、とすると・・・」。意図的なウソは始末が悪い。ひとつでもジャリの混じったごはんがこわくて食べられないように。ジャリを1個1個選りだすか、茶わんごとごはんを捨てるしかありません。発見がむつかしいし、対策も打てない。それに比べると、設計ミス、操作ミスや装置の誤動作は単純です。ミスで大事故が起きると、マスコミはとかく当事者だけを責めがちですが、多くの場合、人間の弱さ、不完全さや技術の未熟からくるもので、人を責めるだけで解決するようなものではありません。ただし、これらのミスは再現性があり、統計にも乗ります。再発防止に人間工学、信頼性工学などの学問の対象にすることができます。しかし悪質なウソは工学では扱えない。

 年末、世間をゆるがした大事件は、建築偽装とみずほ証券の誤発注です。一級建築士は設計プログラムを走らせる際、耐震係数を1.0より下げて0.5などと低く設定し、さらに出力データをワープロソフトで修正して構造計算書を偽造。検査機関はその偽装を見抜けないまま建築確認を下ろし、その結果、何十棟もの欠陥マンション、ホテルが建ってしまった。みずほ証券の誤発注は、「61万円で1株売り」とすべき注文を「1円で61万株売り」と出したのが発端。2分後に取り消しを発注したが、東証のシステム不具合で受け付けられず、みずほ証券は10分間で400億円もの損失をこうむった。これら事件の原因・背景はなにか、責任はだれかと議論が沸騰しました。マスコミの論調は、これら関係者を一把ひとからげに、みんな悪い、たるんでいると声高に責めます。新聞の社説「証券市場を壊す気か、・・・株数と価格の取り違えなどプロにあるまじき失態・・・東証はお粗末なトラブル続きでは鶴島社長の引責は当然だ。・・・仲間うちのなれ合いや甘えが、相次ぐ信じられない失態の根源ではないのか。[2]」という調子です。しかし、筆者は、当事者それぞれに責任があると思いながらも、事故の原因には「起こってもおかしくない」ものと、「あってはならない」ものがあり、分けて考える必要があると思うのです。

 昨年の流行語大賞にホリエモンの「想定内、想定外」が選ばれました。その言葉を借りると、筆者にとっての「想定外」は建築偽装と、入力ミスに乗じて10分間に400億円も稼いだディーラーです。建築偽装は明らかなウソ。偽装に落ちていった経緯について同情すべき点があるにせよ、おきて破りの責任は重大です。もっとも、一番悪いのはそれを仕向けた裏の男や組織、業界の体質です。(自爆テロ犯の罪は重いが、若者を死に向かわせた奴はもっと悪い。)証券ディーラーの行動は違法ではないようですが、「想定外」だったのは、取引の速さと金額の大きさです。株は、秒単位の値動きで売り買いされ、チャンスとなると何十億円も一挙に投じられるボタン戦争さながらの怖い世界。自宅のパソコンで売買する個人投資家が増えているそうですが、怪我をしないか案じられます。

 筆者の「想定内」は、構造計算プログラムの無防備、検査機関の偽装見逃し、みずほ証券の入力ミス、売買システムの不具合です。コンピュータプログラムの計算条件の設定は設計者が行うものです。1条件でしか計算できないようなソフトは、ハード以上にハードで使いものになりません。(安全性チェック専用のプログラムは別にして)。プリント板CADでも、デザインルールチェックの設定、選択はすべてオペレータが行うのです。偽装お見逃しについて。そもそも検査とはなにか。広辞苑には「(基準に照らして)しらべあらためること」、用例「異常がないか検査する」とあります。要するにチェックリストにある項目について○×をつけ、×がなければ合格とするのです。そして、チェックリストに「偽装の有無」などという項目はないはずです。「構造計算書をすべて精査するのは時間的にまず不可能。10階建てのマンションの検査では、納得するまで一人でチェックすると1カ月以上はかかる」「仕事量は限界を超えている。申請する側が偽装してきたら、もうどうしようもない」[3]

 キー入力はミスが出やすく、チェックが難しいことなどパソコンを扱う人ならみな経験しています。コンピュータが「OKですか?」と訊いてきたら、うるさいと思いつつ、ろくにチェックもせずにOKとしがち。手書き伝票の時代は、転記やそろばんでミスがあっても途中でつじつまが合わなくなって意外にミスが見つかったものです。手書きの表の計算で縦横の計が合わなくて苦労した人は多いでしょう。コンピュータの表計算は自動的にやってくれるので、縦横は常に合っていますが、データ入力は一回きりで、入力ミスはチェックできません。以前は、同じ伝票の山の入力を2人で別々に行い、コンピュータで付き合わせる方法が使われましたが、今はどうでしょうか。キー入力ミスはあって当たり前。ミスがあっても被害が広がらない、細心の防止策が必要なのです。「プロにあるまじき失態」などと軽く言ってほしくない。売買システムの不具合はどうか。「新規上場株が上場日にストップ安となる価格で大量に売り注文が出ることは想定せず、設計先にもそこまで詳細に指示を出していなかった・・・東証も「想定外のこと」としてテストは実施していなかった。[2]」そもそも大規模システムやマイクロプロセッサーの100%チェックは不可能とされています。なぜか。あまりに複雑で、起こり得る全てのケースについて検証することが時間的にできないのです。2000年バグというのがあるそうです。2000年に一回という低い確率で起きる不具合、そんなまず起こりそうもないケースは検査対象外とされますが、運悪く現実に起きてしまうのです。「なれ合い、甘え」などと安易に言うのではなく、検証の困難性を理解した上で、システム部隊を応援してほしいと思います。

 偽装や談合など「想定外」のルール違反をどうやって見つけ、防止するかについて。「倫理意識の向上を」という先生もいますが、そんなお題目でウソを防止できるはずがない。その一方、検査機関では見つからなかった異常に建築現場ではとうに気付いていたのです。偽装とまで疑わなかったにせよ、建築の常識からしておかしいと多くの現場の人たちが認識していたのです。以下は週刊誌からの抜粋です。

 「施工に関わっていた鉄筋業者がこう証言する。「初めて見たときにはなんせ鉄筋の量が少なくてビックリした。下請けの職人同士では『こんなの見たこと無い、なんだこれは? この量で大丈夫か?』と話していたんだ・・・鉄筋の量は少ないけれど、早く終わるから業者には評判がいい。平米あたりが安く工期が短いというのが平成の売り。こちらも『平成設計のはこんなもの』と麻痺してしまっていた」[4]

 「鉄筋が少ないのは知ってたよ。でも、検査を通ってるわけだから、あれだけ少ない素材で、これだけ耐震性能が高い物件を作る『姉歯は天才的な建築士だ』って業界内では一目おかれていた。」[4]

 「おしゃれなデザイナーズマンションも危ないのがある。『室内に壁がなくて広々としてるのが売り』なんていうのは、単に大黒柱がないだけですからホントに恐ろしい家です。しかも、そうしたマンションのデザイナーって、現場に来たことなくて、大学出てパソコンだけで設計して、実際に現場に出てる職人のことをまったく考えてないんです。で、職人が怒ると『これはアメリカでは流行ってるんだよ』ですからね。ありゃダメです」[5]

 「想定外」の不正、「掟やぶり」を見つけ、根絶するためにはどうするか。まず「おきて破りは許さない」という社会の断固たる姿勢ときびしい罰則。ムラにとっては脅威でも、情報提供の公認と奨励。そして、設計者、検査員も現場の経験を積んで、でき上がった現物について、もののグレード、品質を見抜く常識と眼力を養うことであろうと思います。


[1] 長谷川真理子「生き物をめぐる4つの『なぜ』」(中公新書)
[2] 「証券市場を壊す気か」(朝日社説05/12/13)
[3] 週刊現代05/12/17
[4] 週刊文春05/12/8
[5] プレイボーイ05/12/20

「錯覚、ななめに見えるが平行線」 「本家はLEKI、巧みな『もどき』はLIKE」
錯覚と「もどき。」

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