
JPCA NEWS 2006.2
明るい森
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筆者の住まいは多摩丘陵の一角に位置しています。周辺の雑木林や緑地をめぐる散歩コースを自分なりにいくつか設け、その日の気分でどれかを歩いています。道々には、減っていく多摩丘陵の自然を残そうと、「サンクチュアリ(鳥獣保護区)」「エコパッチ(注1)」などさまざまな区域が設けられています。あるとき、雑木林の一角の木が全部伐られました。何か建つのかと思っていたが、放ったらかし。そのうちに「皆伐更新(注2)」という耳慣れない看板が立ちました。昔は村びとが雑木を薪やシイタケ原木用に定期的に伐採していました。雑木林は放っておくと暗い森に変わり、生物の多様性も失われるのです。いまでは雑木を伐る人もいなくなったので、公園係りが代わりに雑木林の木を全部伐ってしまうのです。伐ったあとしばらくは無残な景色ですが、15〜20年たつとまた雑木林が復元するそうです。伐採にはかなりの費用がかかりそうです、しかし多分伐った雑木はほとんど利用されないでしょう。雑木林は自然の林に見えますが、手間ひまをかけないと維持できない人工林なのです。 奥多摩の山を歩くと、電柱になりそうな大きなスギやヒノキの大木がたくさん切り倒され、2、3メートルの丸太でごろごろ放置されているのを見かけます。山からおろす費用も出なくて、そのまま腐らせるのでしょう。なんと勿体ないことを、と涙が出ます。 ほとんど庶民の口に入らなくなった国産のマツタケ。減少した原因はアカマツ林が荒れたからで、枯れ枝を取り除き、下草を刈り、落ち葉をかき出したりして、地面に日が当たり、風通しもよくなると、マツタケが出るようになるそうです。それを実証した「まつたけ研究所」吉村文彦所長は「きれいなアカマツ林を増やしさえすればいい。傘をさして歩ける林が理想」と言っているそうです[1]。半信半疑だった町の人がそれを実践して、マツタケの収量を5倍ほどに増やすことができました。「地中にある花粉の分析によると、今から1500年ほど前、古墳時代にアカマツが人里近くに増え始めた。アカマツは樹脂が多く、高温で燃える優れた燃料なので、植林して増やしたらしい。里山林の誕生である[2]」ともいわれます。アカマツ林も自然林ではないのです。 森林にはいろいろな種類、段階があります。「森林が一度伐採された跡に再生する二次林(雑木林とか里山林)は、明るい土地に芽吹く生長の早い樹種で構成されている。クヌギやコナラ、アカマツなど雑木林を代表する木は、木がなく開けた明るい土地に真っ先に芽吹いて早く生長し、10年前後で土地を緑に覆ってしまう。木はあまり太くないし、丈も高くならない。落葉樹が多いため、とくに冬から春にかけて林床(森林の地表部分)にも光がよく射し込む。だから草や幼樹が繁っている。虫や鳥獣も数多く生息するから、多様性の高い森林である。 ところが、繁った木の下からカシやシイなど常緑の照葉樹の芽が伸びてくる。これらの木は薄暗い環境でも育つからだ。そしていつしか最初に伸びた木々を追い越してしまう。雑木林の木々は林床が明るくないと育たないから、やがて姿を消す。 こうして樹種の交代が起きることを植生の「遷移」という。雑木林が遷移していくと、自然林とか天然林と呼ばれる森林になる。・・・生長は比較的ゆっくりだが、長寿を保ち大木に育ちやすい。常緑樹が多く、林床は薄暗いから草があまり生えない。草につく昆虫なども少なくなる。自然林は、その後遷移を続けると原生林になる。 原生林(原始林)は、人の手がまったく入らないか、その痕跡が消えた森林である。ただ、原生林も長い間には変化する。落雷などによる山火事、川の氾濫、山崩れによる木々の消失などの要因で森林が破壊されると、跡地に再び二次林が登場する。これらとは別に人工林がある。スギ、ヒノキ、マツなどが多い。人工林は日本の森林面積の4割を占めている [3]」。 あらためて知るのは、ハイキングで人の心をなごませる雑木林は自然林(天然林)ではないということ、また雑木林の動植物の多様性は自然林より勝っているということ。そして雑木林は放っておけば自然林になってしまうということです。 速水林業は尾鷲に1000ヘクタールを所有する山主です。この会社が2000年、環境に配慮した森林経営を目指すFSC(国際非営利組織、森林管理協議会)認証を日本ではじめて受けました。その森林は「行き届いた間伐と枝打ちで、深く日が差し、明るい。だから、シダなどの下草が育って地面を覆い大雨でも土が流出しにくい。鳥が鳴き、蝶が舞う。水たまりにはイノシシが泥を浴びた跡。シカやタヌキも棲みつく」といわれます。認証申請の狙いは「『人工林が自然を壊し、手を入れない広葉樹林の自然は豊か』の俗説をただしたかった」と速水亨社長[4]。人工林でも天然林でも地面まで日が差す森が豊かだというのです。速水林業は従業員19人で、木を植え、下草を刈り、枝打ちし、伐採し、自ら開いた林道で運び出す。そして、衰退する日本の林業の中で立派に林業で食っていっているのがすごいと思います。 最近、FSCなど森林認証制度の「お墨付き」を取得する森林が日本でも増えていますが、まだ日本の森林面積(自然林を含む)の2%弱、北中米では約2割、欧州でも1割が認証森林といわれます[5]。森林認証制度は、林業の経営が安定していることが環境を守るためには欠かせないという考え方であり、きれいな森を作り、守るだけが狙いでないというところに筆者は共感を覚えます。美しい山古志村の棚田も、(観光も含めて)経済的に成り立たなければ永続はむつかしいでしょう。 速水亨氏は、認証審査の様子を語りました。「アメリカの審査官が私の山に来たとき、台風の被害で枯れた本を五、六本伐採して林道の脇に置いてありました。すると『あの木は売れるのか』と聞くわけです。『売れない』と答えると、『枯れ木をそのままにしたら何か問題はあるのか』と聞く。問題は起きません、と答えると『無駄なコストを使った』と言うのです。売れない木のために経費をかけて排気ガスを出すチェーンソーや搬出機を使った。そのまま残しておけば鳥や虫が増えて生物多様性の大きなポイントになったのに、と」[3]。同じ認証を受けた山主、吉田本家の吉田氏は「下草刈りが変わった。以前なら切った木を運び出しやすいように周囲の雑木や草を取り除いて平らにしていた。認証制度ではこれを最小限にとどめるよう指導する。きれいな山がいいというのが昔の発想。それが、逆に緑を多く残せば、土が雨などで削り取られないから木のためにもなり、作業の省力化、コスト削減にもつながると教えられた」といいます[5]。 その一方、人口減少、高齢化の進む日本で、森林全体をこんなにていねいに管理して、林業で利益が上げられるようにすることはまず無理でしょう。都市近郊の散歩道でも荒れ果てた竹林をよく見かけます。立ち枯れの竹が右や左に倒れかかり、林床を覆って無残な姿を見ると、ここの持ち主も高齢なんだろうなと思ってしまいます。 そこで、もっと人手のかからない林業が各所で研究されています。下草刈り、間伐や枝打ちの重労働を軽減あるいは無くして森を育てる技術です。研究の結果わかったのは、植樹したまま放っておいても育つ木は育つということです。「通常の植林では1ヘクタールあたり3000本植えるが、何回も間伐して、60年後「主伐」するときは600〜1000本くらいに減っている。ところが、3000本のヒノキを植えて下草刈りをしないで放っておく。6年目に調べると背の高い草と広葉樹に覆われて立ち枯れたり、生長を止めた苗も多いが、ブッシュの中をよく観察すると、立派に生長した木もあった。樹高の上位1000本だけを選んで平均すると、下刈りをやった林とあまり変わらない。10年目の調査では、多くのヒノキがブッシュから梢を出して生長していた。すでに枝を雑草や広葉樹の上に広げており、今後も日光を受けてよく生長できるだろう。逆に雑草は太陽を遮られて、育ちにくくなっていた。やがて枯れ、下刈り済の造林地のようになるだろう」[3]。1ヘクタールあたり1500本も植えて、放っておけば、育つ木は育ち、60年後には手入れした森林と同じくらいの本数が収穫できる。こんな林業なら日本でも経済的に成り立つだろう。ただし、「まず植える苗木がもともとその土地に自生する樹種であること。天然のスギやヒノキが生えていたら大丈夫だ。自力で育つ条件が整っている。逆に、標高が高かったり土壌や水分、気候条件が植栽木に適していない所では、人の世話がないと自生する他種に負けてしまう。」と著者は言います。 以上、森林や木について見てきましたが、それは、木や森について言えることは人や人間社会にもそのまま当てはまるのではないか。人を育てるのも森林を育てるのに通じるのではないかと思うからです。 雑木林でも人工林でも地面まで日が差す森が豊かで、そこに住む植物や動物の多様性も高い。高木のてっぺんだけに日が当たり、地面まで日光が届かない森は立派にみえるが、豊かな森とはいえないのです。ハイカーにとっても、木もれ日のある林のほうが、昼なお暗い鬱蒼とした樹林を歩くよりたのしい。人間の社会でも、能力のある人、才覚のある人だけが富を独占するのではなく、それぞれの力量に応じてだれもが日光の恩恵を受けられるようでなければ豊かな社会とはいえません。しかしそんな社会は決して自然ではない。放っておけば「遷移」により暗い森に変わってしまうので、たえず下草刈りや間伐等の手入れが要るのです。ときには世代交代の「皆伐更新」も必要になるでしょう。そして、雑木林の更新、15〜20年というのは、人間社会の世代交代の周期にもほぼ合致するように思います。 |
| [1] | 「まつたけ研究所 最後の秋」(日経04/10/18) |
| [2] | 「マツタケ 収穫増は手入れのご褒美」(朝日04/10/13) |
| [3] | 田中敦夫「日本の森はなぜ危機なのか」(平凡社新書2002/3) |
| [4] | 「人工林のこの明るさが『世界一流』の証し」(朝日03/7/28) |
| [5] | 「森林認証制度」(朝日06/1/29) |
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明るい雑木林と田んぼは日本の原風景。しかし手を入れないとすぐ深い森に。
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