
JPCA NEWS 2006.5
子どもの学力、大人の学力
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入試の季節が過ぎました。「小一プロブレム」や「五月病」という言葉がありますが、大学のフレッシュマンや失敗して予備校に通う子らは新しい環境になじんでいっているでしょうか。それにしても入試問題はむずかしい。センター試験の問題を見ても、とても時間内にはできそうにない。受験生がすいすい解けるとしたらすごいことです。 一方、かつて「分数のできない大学生」が話題になりましたが、最近では「日本語力」が低下し、中学生レベルの国語力しかない学生が国立大で6%、四年制私立大で20%との報告があります。「憂える」を「喜ぶ」の意味と思い込む学生が67%もあり、「留学生以下」と嘆かれています[1]。 こんなギャップがどうして生まれるのか。「脱・ゆとり」の教科書見直しが進んでいますが、教科書のレベルを上げれば生徒の学力が上がるものか。まず生徒の意欲。「勉強ができるようになりたい」という高校生は、米国、中国、韓国で73〜75%、日本では33%に過ぎないとか[2]。次に教科書の内容。量が多くて難しすぎます。わからない子がいても授業は進む。じっと座っているだけの子に、無理やり学校に行かせるのはかわいそうです。 中学1年と高校1年の理科の教科書を覗いてみました。昔の教科書に比べ、語り口はやさしい。実験や最新トピックスもたくさん取り入れられ、記述はよく工夫されています。しかし範囲がやたら広くてこま切れ。 中1の理科の教科書は2冊で合計約210ページ[3]。その中に、光、音、物質の状態変化、気体の性質、水溶液、静電気、回路と電流、化学変化と分子・原子、運動とエネルギー、化学反応などが詰め込まれている。電気関係は40ページで、静電気からはじまり、直列・並列接続、オームの法則、磁力線、電磁石、モーター、発電機の原理まであります。数式こそ出てきませんが、電流・磁界のフレミング左手の法則、電磁誘導のファラデーの法則、電熱のジュールの法則も出てきます。しかし教科書の説明はあまりに簡潔。「運動を利用して電流を生み出すことはできるだろうか」の副題のついた「発電機のしくみ」はたった1.5ページで、電磁誘導の実験からはじめ、発電機の原理にいたります。説明には「前の実験で、磁界の中を電流が流れると導線が動いたね。だったら、磁界の中で導線を動かせば、電流が生み出せるかな」とあり、ごく自然にファラデーの法則が出てくるかのように書いています。しかしファラデーはこの法則の発見に7年かかりました。「電流によって磁界が生まれる」ことはアンペールによって発見されていた。ならば、「磁界によって電流が生まれるのではないか」とファラデーは考え、実験を繰り返したが成功しない。やっと「磁界を変化させることで電流が生まれる」ことを見出したのです。中学生に聞くと理科の授業は週3〜4時間。この時間で上の内容を全部「理解」させるのは至難に思えます。 高1になると内容は一段と高度になる[4]。波の干渉、屈折、回折、ドプラー効果、運動方程式、力のベクトルと合成、つり合い、剛体のモーメント、仕事の原理、エネルギー保存の法則、熱平衡、ボイル・シャールの法則、内部エネルギー、電気エネルギー、可逆過程と不可逆過程、熱力学第二法則、永久機関とならびます。数式もたくさん出てくる。大人が読んでも面白い囲み記事もあり、手作りのコイル、コンデンサを使ってラジオを作る実験など、筆者にもやってみる気を起こさせます。しかし、高1教科書にある練習問題はすでに技能検定に出る問題よりレベルが高く、これが入試問題になるとさらにむずかしくなる。 そんなむずかしい入試に受かっても、学校を出ると覚えた知識は急速に薄れていく。丸暗記と受験技術だけで短期間に覚えた知識は体にじゅうぶん浸み込んでいないからです。しかし、高校生の学力テストの成績より、学校を出てからも身についている知識、応用の利く知識のレベルのほうが重要です。社会に出ると、仕事に追われて(あるいはそれを口実に)、文系は理系の内容を、理系は文系の内容をきれいさっぱり忘れてしまう人も多いでしょう。中学教科書を拾い読みして思うのは、まずは中学レベルの知識が身についておれば社会人としては一応足りるのではないかということです(専門は別にして)。高卒レベルを生涯にわたって維持するのはなかなかむずかしそうです。 高校教科書のレベルを上げることについて、高校の先生は「進化やDNAが教えられる」と肯定的なようですが、消化不良を心配する人も多い。堀田力さんはその急先鋒です。 「・・・興味もないことを意味も分からず覚え込ませる教科偏重、知識偏重の教育は、人間性を破壊し、多様化した社会が求める人材を育てられません。子供自身に興味あることを調べさせ、その過程で考えることは楽しいと分からせるのが総合的な学習。生きる力、学ぶ力を回復させるのに最も効果的な教育です」 (記者)総合的学習は必ずしも教師の評判は良くありませんが? 「知識詰め込みの方が簡単で楽だからです。総合的学習はセンスが必要だし、正解がないことも多い。能力がないから教えたくない。だから教科重視に走りたがる。・・・人の個性も世の中の職種も多様です。義務教育は、これさえあれば生きていけるという最低限の知識だけで十分。今の1割もあればいい。その代わり、もっと学びたい、知りたいという子供には、各人の個性と興味に応じ習熟度別にどんどん教えることが重要です。」[5] ロッキード事件の特捜検事から、一転、「さわやか福祉財団」を設立してボランティア活動に取り組む堀田さんの現場経験に裏付けられた発言です。 筆者は、大事なのは高校生の学力を高めることより、社会人になってからも学力が落ちない工夫、努力だろうと思うのです。高校、大学で目いっぱい勉強しても7年間。社会に出て働く年数は40年ほどもあります。高校、大学で得た知識のレベルが仕事や日々の生活の中で徐々に下がるのはやむを得ないにしても、せめて中卒レベルの知識と教養は保っていきたい。 スタート時にエネルギーを一気に注入し、それを長時間にわたって利用するやりかたはあちこちに見られます。 保温調理は、短時間火にかけた後、新聞紙や毛布でくるんで保温し、余熱で煮込む料理法です。味がよくしみこみ、省エネにもなります。電車のモーターに電気が入るのは発車してからほんの20〜30秒(力行)で、最高速度に達した後はほとんど惰性で走行します(惰行)。トンビは羽ばたいて高度を上げた後、風に乗って輪を描いて飛ぶ。宇宙ロケットは脱出速度(秒速7.9キロ)以上に加速しなければ人工衛星になれない。 中学、高校時代の勉強は、電車の「力行」、トンビの羽ばたき、ロケットのブースターです。社会に出てから、高く、長時間飛ぶために、つらくてもがんばってほしい。そして社会に出てからも、適切な「保温」あるいは「姿勢制御」により、せっかく身につけたレベルが急激に下がらないようにしてほしいものです。筆者の尊敬する90過ぎの先輩はいまなお好奇心旺盛で、バイオ技術やベクトル解析の本を読んでいます。ある友人は「勉強は好きだったが学校の成績は悪かった。仕事は面白かったが会社の査定は低かった」と言いつつリタイヤ後も数学を楽しんでいます。 リタイヤ後も現役に劣らぬ熱心さでプリント板の勉強をつづける人がたくさんおられます。高度を保ちながら飛んでいるのです。その人たちの蓄積を何らか社会に役立てればと願っています。 |
| [1] | 「大学教員の日常・非日常:補習の学会?」 |
| [2] | 「希望の大学に入りたい 米中韓との比較」(日経06/3/2) |
| [3] | 「中学校理科1分野」(大日本図書04/2) |
| [4] | 「物理T」(東京書籍06/2) |
| [5] | 堀田力「『知識重視』に異議あり」(日経06/4/3) |
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「切り立った崖から飛び立とうとする幼鳥、見守る親鳥 −ハヤブサの巣立ち」
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