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JPCA NEWS 2006.7

ニッチと戦略

 今年のJPCAシヨーは来場者12万人もの大盛況でした。業界の活況を映してか見学者もブースの人もみな顔色がいい。ほんの数年前の、日本の製造業はお先真っ暗、日本沈没かと自信喪失していたのがうそのようです。ある調査会社の社長に、プリント板業界はどうして急に元気になったのですか、と訊いてみました。「得意な分野に特化したからでしょう」との返事でしたが、あまり確信はなさそう。プリント板メーカーの人に、中国のプリント板はいまどうですか、と話しかけたら、「(自社の)中国の工場ではこういうものを作っています」と返されて、時代が変わったことを実感しました。

 しかし日本のものづくりはほんとに強さ、競争力を取り戻したのでしょうか。競争力が落ちた原因とされる、高賃金、減少する労働人口などは今もそのままです。

 ひところ、東アジアの経済は「雁行型で発展」するという論がはやりました。空を行く雁の群れのように、一羽が先頭を飛び、少し遅れて二羽目が飛び、さらに遅れて三羽目がつづく。そして全体が群れとしてまとまって発展していく。そして日本がその先頭を飛び、韓国、台湾、中国が後につづくという構図です。ひとりよがりの説ですが、日本がまだ強い自信に満ちていた時代だったのでしょう。

 そのうち中国が急速に発展し、日本を脅かすようになると、「共生、Win−Win」が言われるようになりました。それは理想です。しかしそんな関係が果たして実現可能なのか。つかの間、実現したとしても安定的に維持できるものか、筆者はかねて疑問に思っていました。弱肉強食、勝者あれば、敗者がある。敗者は消え去るしかないのではないか。実際、中国でも韓国でも、「追いつけ、追い越せ」で、雁行の二番手、三番手に甘んじる気はおろか、並走すら頭にないでしょう。先日、装置メーカーの人に某国での話を聞きました。装置は調整、メンテがたいへん、そしてクレームが付きものです。クレーム対応で先方を訪れたところ、30代の工場幹部から「だから日本はダメなんだ」といわれたというのです。「あんたの会社がダメ」でないのがきびしい。

 ダーウィンの自然淘汰はヨーロッパで大きな批判を浴びましたが、キリスト教の教理に反するという以外に、弱肉強食のイメージが付きまとったからです。日本語の「淘汰」も広辞苑には「(1)不用の物を除き去ること。不適当の者を排除すること。(2)(Selection)環境・条件などに適応するものが残存し、そうでないものが死滅する現象。選択。」とあります。もともとの意味は「不適当の者の排除」なのです。英語は Natural Selection。こちらのほうが穏やかで、最近は日本でも「自然選択」が使われています。

 生態学者、今西錦司さんは、水生昆虫の分布の観察から次のように考え、生物の「棲み分け」を提案しました。

 「種の分布状態というものを見てみると、いろいろな生物が同一地域内に共存している。これらのものの間に互いに相容れぬ2つの傾向があったらどうなるだろうか。結果として同じ傾向をもったもの同士が相集まるようになるのじゃなかろうか。そうすることによって無益な摩擦をさけ、よりよき平衡状態を求めようというのが、生物のもった基本的性格の一つの現われでなければならないと考えられるからである。・・・それぞれのものがその求める平衡状態を得ることになるとともに、またこの二つの社会はその地域内を棲み分けることによって、相対立しながらしかも両立することを許されるにいたるであろう。[1]

 今西説は裏付ける事例の研究が少なく、「生態学ではなく文学だ」と揶揄されたりしました。しかし、最近になってそのような事例が報告されるようになりました。以下はそのひとつ(抜粋)です。

 「アフリカのタンガニーカ湖には、驚くほど多様な魚がいる。同じ生活をする同類は排除しあうという、生態学の原則には、どう見ても反しているとしか思えない・・・

 調査地の調査枠20メートル四方の中には、約50種、約7000匹の親魚がいた。1平方メートルあたり20〜50匹ぐらいで非常に密度が高い。しかも、ほとんどが同じカワスズメ科の非常に類縁の近い魚なのである。なぜそれほど近縁の種類の魚が、それほどたくさん棲めるのであろうか?・・・

 ほかの魚のウロコを引きはがして食べる魚(スケール・イーター(ウロコ食い))が何種類もいる。・・・これらの魚は、ほとんどがカワスズメ科の同じ属に属する非常に近い仲間である。それが同じものを食べているにもかかわらず、同じ場所にいろいろな種類が共存している。・・・

 2種のスケール・イーターを追いかけてみた。同じ属に属し、非常に近縁ながら違う種のミクロレピスとストラエレニーという魚である。ミクロレピスのほうは、ほかの魚が食物を探すのに夢中になっているのを見つけると、湖の底づたいに忍び寄っていく。そして、ある距離に近づいたときにいきなりダッシュしてウロコをはぎ取るのである。ところが、ストラエレニーという魚は、適当な相手の魚を見つけると、いかにも相手にまったく関心をもっていないかのように、ふらふらと何気なく近寄っていく。そして、かなり近い距離のところで、ひょいと跳びついてウロコをはがし取って食べてしまうのである。いってみれば、ミクロレピスはかっぱらいで、ストラエレニーはスリである。

 ウロコを食べる近縁の魚でありながら、やり方はまったく違っている。・・・調べてみると、ミクロレピスあるいはストラエレニーのどちらかだけがいて、目指す魚を狙ったときは、うまくウロコをはぎ取ることのできる成功率が非常に低いことがわかった。 両方とも近くにいるときに、どのようなことが起こるかというのを調べてみた。思ったとおり、両方が近くにいるときには、どちらかの成功率が高くなるのである。・・・

 同じ魚のウロコを食べるという2種の魚が共存することによって、スケール・イーターは得をしていることになる。そうすれば競合関係ではなくて、共存関係が生じるわけである。

 ほかの魚たちを見ていくと、同じようなことがいえる。・・・魚たちの食物の狙い方は、お互いに相手を利用するような形になっていることが多い。そのようなものはみな、同じ場所に共存できることになる。[2]

 今西説は、個体だけでなく、「種」にも意思があるかのようで、批判を招きましたが、「棲み分け」は生物の多様性の結果として成り立つことが証明されつつあるのです。「ニッチ」はニッチ市場(隙間市場)としても使われますが、生態学の「ニッチ」は1つの種が利用する、あるまとまった範囲の環境要因、とされています。どんな種も、どこにでも生息できるわけではない。気候、環境、食物などさまざまな条件が種の生存に適したせまい場所でしか生きていけない。それがニッチです。これになぞらえて、企業も、人もそれぞれのニッチでこそ生きていけるし、力を発揮できるのです。引用した研究から、競争関係の中での共生が、単なる精神論でなく可能なことがわかり、勇気付けられます。

 日本のプリント板業界が、きびしい国際競争の中で淘汰されることなく、安定的に共生していける独自のニッチと戦略はどんなところにあるでしょうか。


[1] 今西錦司「生物の世界」(講談社)
[2] 日高敏隆「水と生命の生態学」(講談社ブルーバックス)

「クロコダイルとワニチドリの共生。寄生虫を取ったり歯の掃除をしてやる」

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