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JPCA NEWS 2006.10

アンカンクス(Unknown-Unknowns)

 幼児が「たとえばー・・・」「しかもー・・・」などとお話しする。あ、この子のお母さんは日ごろこんな言葉を使っているんだなとわかります。電車内で聞く高校生の言葉や口調はどれもよく似ている。自分たちの時代とはぜんぜん違うなと感慨を覚えます。教わるでもないのにそれぞれ時代の雰囲気を映しています。

 動物は生まれてから巣立ちまでの数ヶ月〜1年の間に、餌をとる、捕食者から逃げるなど、生存に必要なすべての知恵を親から教わります。その教え方は「やって見せ、やらせてみる」だけ。

 日立が製作した原子力発電所タービンのブレードが破損した事故。原因は「設計ミス」とされています。この事故で1000億円ほどの損失が予想されるという。例によってマスコミの「ものづくりの力が落ちているのか」の質問。古川社長は、「技術力が落ちているとは思わない。技術の動きが速く、事業範囲も広がっているが、大部分の事業では品質が高いと思っている」と答えていました[1]。筆者は、「総花経営が足を引っ張って事故を起こしているのでは」というマスコミの言い方にはウンザリで、日立の技術力、全体的な品質レベルについては信頼しています。ただし、事故の発生はそれとは別問題でないか。

 事故を起こしたタービンは原発用蒸気タービンの最大容量機で、日立の初号機でした。容量を上げるためタービンの翼長は先行機種より2割も大きくしています。丘に立つ風力発電の風車はゆっくり回っているように見えるが、計算してみると翼の先端は大型台風の最大瞬間風速並みの秒速50メートルほどで風を切っています。根元にはすごい力がかかり、その材質や作りがたいへん重要とされています。浜岡原発のタービンの周速はなんと秒速250メートルにも達します。ほかにも新しい技術がいくつも採用されている意欲的な新鋭機だったのです。開発に当たっては十分チェックが行われたはずですが、どこかにチェックもれがあり、それが事故を引き起こしたのです。世界最先端を目指したが、結果的に事故が相次いでマスコミに散々たたかれた国産ロケットH2の場合に似ています。

 いま失敗学が関心を集めています。その一冊「『失敗をゼロにする』のウソ」がおもしろかった。その一部を紹介します。

 「スタンフォード大学石井浩介教授主催の円卓会議・・・ボーイング社、グレン・ハヴスコルド博士のスライドに興味深いものがあった。航空機エンジンを新しく開発するときのコストについて、図のように分析されている。これは、「こうだろう」という科学者の予想ではなく、過去の開発実績に基づくグラフである。」[2]


 航空機エンジンは製品寿命が何十年と長く、修正コストが莫大になるのは理解できますが、初期設計の4倍もの時間をかけて、解析、実証、修正が行われ、そのコストは初期設計コストの50倍にもなるらしいのにおどろきます。それにしても、こんなグラフが描けるぐらいにデータが蓄積され、解析される体制がすごい。

 ハヴスコルド博士のもうひとつのスライドは、「技術的不具合の理解度と修正コスト」と題するグラフです。「技術的不確実性指数」を横軸に、修正コストを縦軸にとると急激な右上がりのグラフとなる。博士は不具合の内容を不確実性の低いほうから「既知の事象」「既知の不明事象」「未知の事象」に分類しています。「既知の事象」は現象も対策もわかっている「うっかりミス」。「既知の不明事象」は、現象はわかっているが、その特性、程度が不明で試作、実験で確かめるしかないもの。「未知の事象」は、他の分野では知られていても設計者がまったく予想しなかったものとされています。問題なのは修正コストがコントロールできない未知の事象(Unknown, Unknowns、略してUnk-Unksアンカンクスという)です。

 「驚いたのは、ボーイング社ではエンジンの開発に入る前から、アンカンクスが起こることを想定していることである。博士によると、同社では経験を積み重ねることによって、この右上がりの二次曲線のようなカーブをどんどん左下に向かって落とし込んでおり、未知の事象がなくなる方向に向かって開発のコスト管理、すなわちコスト削減を実現しているという。・・・

 ボーイング社の研究開発に恐れ入りましたと思わす舌を巻いてしまうのは、そのデータの蓄積である。過去のプロジェクトデータから、2つの図を作成することができるということは、ずいぶん前から人事管理を含めて「どのプロジェクトの何にどれだけのコストがかかったか」詳細なデータが蓄積され、それらが統計処理可能な形で残されていることを意味する。アメリカの社会全体が真理の究明により重きを置いているからだと思う。・・・

 一方の日本では、起こった未知の事象の直接原因を深く据り下げ、究明はするものの、この次はこのような「間違い」はやらかさないぞと強く決心をするだけに留まる。・・・」

  筆者の若いころ、設計課をのぞくと、主任、係長クラスのベテランが部下の図面を広げて、細かくチェックしている。ときどき設計者の意表をつく問題点を指摘してカミナリを落としていました。友人の猛烈キーマンも若いころ上司にきびしく鍛えられたと言う。「自分が設計した装置の動作が安定しない。上司が装置のあるICに指をふれると、ぴたりと安定する。人間の体の静電容量は何ピコだ?、それを入れろ、という。しかし自分はそれが何ピコか知らなかった・・・」。

 かつて、修羅場をくぐってきたベテラン主任による細かいチェックができたのはやはり組織に余裕があったからなのでしょう(いまなら無駄といわれる)。しかしいまさらそんな体制に戻すことはできません。どうするか。それはベテラン主任に頼らなくてすむ、組織、システムを造るしかないのでしょう。残念ながら、日本の職人、ベテランは強いが、組織的な取り組みは下手です。名人、現代の名工は各所にいても品質管理システムは輸入しなければならなかった。

 技能の伝承が大事といわれます。しかし、何を伝承するのか。伝統芸能、工芸品の技能はわかりやすい。それは一度絶やしてしまうと再生不可能な「生物の種」のようなものだからです。動物の、餌をとる、捕食者から逃げるなどの技は、一緒に暮らし「やって見せ、やらせてみる」だけでよい。製造分野で伝承が必要な技能にはどんなものがあるでしょうか。テレビには、ミクロン台の凹凸を手触りで見つけるレンズ磨きの名人とか、常人の五感を超える耳を持つピアノ調律師などが登場します。プリント板で言えば、めっき液を舐めて液の調子を見たり、スクリーン印刷の手刷りでファインパターンを印刷する名人でしょうか。いま伝えてほしいのは、そんな名人、神様の芸より、普段の仕事の中で、「アンカンクス」にも目が向かう幅広いものの見方ではないかと思います。

 あるアンケート結果。団塊世代の退職で失われるスキルとして、50歳以上の人は「過去の製品に関する知識」「臨機応変な対応力」を挙げたのに対し、40歳代の懸念は、「経験に裏打ちされた技能」「ものづくりに関する総合的なノウハウ」としています[3]。40歳代には「アンカンクス」への不安、次の世代を育てていく立場の悩みも表れているようです。40〜50歳代のキーマンをみているとあまりに忙しい。しかし養成の基本はやはり「やって見せ、やらせてみる」こと。うるさい、怖いベテランにはこれからもがんばって欲しい。同時に、ベテランに頼るだけでなく、失敗事例をとことん集積して、再発を防止するシステムを組織的に構築し、次世代に受け継いで欲しいと願っています。


[1] 「原発破損は想定外」(日経06/9/16)
[2] 飯野謙次「『失敗をゼロにする』のうそ」(ソフトバンク新書)
[3] 「技術伝承は2007年問題対策になるのか?」 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20060802/119792/

屋久島「三代」杉」。一代目(寿命2000年、今は空洞)の倒木を肥やしに二代目が成長。1000年
で伐採され、その切り株から三代目が発芽して樹齢500年。桁違いの年月の積み重ね。


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