
JPCA NEWS 2006.11
即戦力とヒヤリハット
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このところ急激な人手不足で中途採用、それも「即戦力」の求人が増えています。システムエンジニアなどではせっぱ詰まって、時給3000〜4500円(派遣会社経費込み)の相場が、短期に8000円を積んでもというケースもあるとか[1]。それにしても、採用したその日から自社の仕事を任せられる人材が、お金さえ出せば簡単に見つかるものか。野球の選手なら数千万円〜億円の高給で即戦力を獲得することも可能でしょう。しかし、40歳未満の経験者を求む、月収20万〜30万円、正社員、などという条件は虫が良すぎないか。 かつては、大学では基礎を学び、個々の企業に必要な知識や技術は会社が教えてくれました。企業は新卒者を採用し、職場で上司や先輩がノウハウを何年もかけて教え込んでいく。新人はその過程を経て徐々に戦力になっていったのです。時代の流れで、大学でも即戦力に向けた教育が始まっているようですが、いささか危うい感じです。まず、短時間で即戦力が身につくわけがない。さらに、基礎を学ぶ時間が減らされる。厚労省指定の講座を受けると、受講料の一部が補助される制度もあるようです[2]。その指定講座のリストを見ると、「マイクロソフトオフィススペシャリスト、取得3ヶ月/費用18万円」「カラーコーディネーター、6ヶ月/50万円」などと出ていますが、企業の求める即戦力とはかなりずれているように思います。そもそも1年未満で身につくような「即戦力」はすぐ常識化するか陳腐化します。Easy come, easy go.(簡単に入ってくるものは簡単に出て行く)です。 一人前に育てるのに何年かかるか。スイスの時計技術者養成学校では2年間の訓練コース後、さらに最低5年の実務が必要としています[3]。入社後3年間のSE養成教育を行うIT企業もある一方、数ヶ月の研修後、すぐ実務に入れて教育という企業もありますが、いずれにせよ養成には時間がかかります。 最近、医療ミス、医療事故をめぐる裁判が増えています。たいていは病院側の敗訴です。被害者には当然の判決ながら、病院側にとってはきびしい時代になったと同情も覚えます。テレビで救急医療の現場を見ると、まるで戦場です。そんな中ではヒヤリハットが多発してもおかしくないでしょう。看護師は看護関係の学校(3年)を出て国家試験合格後、病院に配属されるのですが、日本看護協会の制度改善の訴えは他人ごとではありません。以下はその抜粋です[4]。
「・・・安全な医療・看護の提供が難しい危機的状況にあります。看護業務の密度が高まり、看護職員に高い能力が求められる今日、看護職員の資質向上に向けて、●教育期間の延長、充実、●臨床研修の義務化が強く求められます。その理由、 図は看護師の経験年数とヒヤリハット件数のグラフです。ヒヤリハットの件数は経験年数とともにきれいな習熟曲線(Learning curve)に沿って下がっていく(注)。そしてそれが落ち着くのに10年以上もかかることを示しています。 看護師の現状を細かく紹介したのは、こんな状況はどの業種、職場にも共通するのではないかと思うからです。およそどんな仕事でも習熟とヒヤリハットはこういう過程をたどるのではないか。 企業が、新卒を採用し、社内で時間をかけて育成していくやりかたから、すでに知識や技能を身につけている「即戦力」の人材を求める方向に変わってきた背景として、(1) 正社員の採用が減り、アルバイトや契約社員などの非正社員が増えている。雇用期間が短いので長期的な教育が成り立たない。(2) 転職の増加。IT化などで職場では新しい知識や技術が必要になり、新しい事業への進出も盛ん。仕事の内容がめまぐるしく変わるなか、社員を教育し直すよりも、外部から連れてくるほうが手っ取り早い、といわれます。 その理由は理解できます。しかし戦力の養成には時間がかかる。即戦力になる人をだれが育てるのか。アルバイトや契約社員は教育しなくてもよいのか。世の中にはマニュアルどおりに作業すればよい単純な仕事もあります。例えば工場の清掃や公園の除草。昔はそのような仕事も正社員や公務員がやっていた。こんな仕事は清掃会社やシルバー企業に外注したほうが、仕事のレベルも上がり、モラールも高くなるでしょう。そして、
「ちゃんと働いているのに貧しい。そんな人がなぜ生まれたのか。原因の一つは誰がやっても同じ、単純で低賃金な仕事が増えたことです。 今、国内プリント板工場の現場でも請負、派遣労働者、外国人に依存する割合が増えていて、夜間の作業はほとんどこのような人たちによって行われていると聞きます。それは時代の流れでやむをえないのでしょう。しかし、プリント板の製造作業が単純作業なのか、日替わりの新人でも間に合うのか、品質上のヒヤリハットに対応できるのか。 「ものづくり」「改善」の言葉はマスコミ紙面におどりますが、現場の末端の知恵を結集するTQCやQCサークルなどの言葉は近頃さっぱり聞かない。しかし上記看護協会の言い方にならえば、請負、派遣といえども製造業務の「最終実施者」であり、事故、ヒヤリハットに遭遇する危険性が高い人たちなのです。第一線の若い兵隊はできるだけ安く補充したい。そしてできれば、彼らに対しては年功序列の恩恵は与えることなく、ずっと兵隊のままでこき使い、いらなくなったら切り捨てたい、といった了見で使っていてはいずれ屋台が腐り、のれんにきずがつきます。請負、派遣であってもできるだけ長く雇用し、気持ちを通わせ、技術を習得させることこそ、日本の「ものづくり」を衰えさせない道だと思います。 |
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看護職員の経験年数とヒヤリハット件数(H16.4−9) (筆者注 経験年数ごとの母数がたぶん異なるので、発生率のグラフにはならないと思われる。) |
| [1] | 「人材派遣料金」(日経06/10/4) |
| [2] | 「仕事の技能 会社は教えない」(朝日06/9/24) |
| [3] | 「不死鳥 スイス時計産業」(朝日06/10/4) |
| [4] | http://www.nurse.or.jp/seisaku/opinion/2005/iken050729.pdf |
| [5] | 山田昌弘「ワーキングプアがもたらす社会」(アエラ06/10/23) |
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気の遠くなるほど長い時間をかけて形づくられるもの
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