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JPCA NEWS 2007.4

感性と体験

 知り合いの女子高生はに匂いにとても敏感、体操服の匂いをかいでクラス全員を言い当てられるといいます。趣味にフルートを吹く友人は玄人はだし、頼まれてプロのオーケストラで演奏することもあります。彼が、演奏中にフルート内の空気温度が上がり音程がずれるので、途中で楽器を微調整する、というのにおどろきました。

 筆者は人の話がよく聞き取れないことがあるので診てもらいました。年齢相応に高音の聴力が落ちているとのこと。音楽のハの音は440Hz、そして会話には最高で4000Hzの周波数が含まれるそうですから、筆者の耳は4000Hzあたりがすでにあやしいのでしょう。電子回路では信号の基本周波数の10倍程度の高周波(1Gビット/秒の信号では10GHz)の高周波が送れないと忠実な信号伝送が難しいとされています。聴力の場合も10倍くらいまでの高音が聞こえないと聞き取りが難しいのでしょう。

 モスキート音というのがあります。17000Hzの音で、若者には聞こえるが、20代後半以降の大人には聞こえない。若者の携帯の着信音にはやっていて、高校生が聞かせてくれましたが、筆者には全く聞こえません。オーディオマニアは20000Hz以上の高音も聞こえると称します。スピーカーケーブルに高純度銅とか銀の線を使って、やっぱり音ににごりがないなどと言う。

 熱い鉄道ファンも多い。幼い頃から鉄道にあこがれ、鉄道会社に入って車両の修繕検査を担当する26歳の鉄道マン「・・・柵の内側スレスレを走る鉄道を、柵の外側スレスレの位置から見たりしていました。電車が走る風圧が感じられるくらいの距離です。電車がホームに入ってくる瞬間とか。ホームの縁ギリギリの位置を、こすらずに入ってくる様子がいいですね。・・・201系や103系などの古めの車両が好き。モーターのうなる音がいい。特に103系が100km/h出しているときの、壊れそうな限界ギリギリだぞって感じの音はたまりません。・・・気動車が出すディーゼルエンジンの音もいいですよね。うなり音はものすごいんだけど、スピードが全くついてこない、あのアンバランスさが何とも言えません。・・・実はもう、中学生のころには「本物でないと嫌」ということに気づいていたのですが、そんな中、201系をホームで間近に見る機会があったんですよ。立川駅の、東京行きのホーム。少しカーブになっていて、少し自分のほうに傾いている車体がなぜかすごく大きく感じた。それを見て、こんな大きいものを動かすことができる、運転手という職業に就きたいと強く思うようになりましたね。・・・私の人生において決定的な一打となりました。リアルを追求するには、趣味にしているのではダメで、職業にするしかないという意識が生まれた瞬間でもありましたね。」[1]。普通の人が何でもないと思うところに感動を覚える感性がいい。ロマンがあります。デジカメ設計に携わるある鉄道マニアは「気動車の振動や煙のにおいを感じ取るセンスは、試験用基板の動作不良を解析する時や回路のショートを見つけ出す時など、基板から起こる振動や基板上から立ち上る煙のにおいなどでいち早く察知することに役立っている」[1]と言います。こんな熱い思いを抱いて若者がものづくりの世界に入ってくれれば、日本のものづくりも安心できるのですが・・・。

 日経の「私の履歴書」を愛読していますが、なかでも芸能人の半生がおもしろい。作曲家の遠藤実もその一人。以下、少し抜粋します。

 「父は屑屋だった。・・・今日を明日を食べるために、毎朝大きな飴色の籠を積んだリヤカーを引いて家を出た。せがんでリヤカーに乗せてもらったことがある。土手の上に来たところで父は「降りろ。そしてここで待ってろ」と言った。土手を下る父を見送り草にあおむけになると、抜けるような青空が私を包み込んでいる。ゆったりと流れる雲を目で追ううちに、いつしか眠りに落ちていた。

 「くずいー、くずい」。呼び声が風のまにまに届いてくる。目覚めてじっと耳を澄ましていたら、懐かしさと切なさがこみ上げてきた。この世でただ一人の父親が仕事をしている。働いている。「父ちゃーん」何度も呼びながら、豆粒のようなその姿に向かって駆けだしていた。

 ・・・。

 掘っ立て小屋の家には電気がきていなかったから、夜になればランプの薄明かりがあるばかり。少しは勉強をしなければと思って、近くの水車小屋に潜り込んだ。一晩中、小さな裸電球がともっていたからだ。教科書を広げ宿題をした。(小学生の頃)。

 ・・・。

 歌手になることは決まったが衣装がない。・・・問題はズボン。タンスの中をさらえてみると、子供のときに買った半ズボンがあるだけだった。すると母が言った。「兄ちゃんの半ズボンを継ぎ足したらどうだろう」。ミシンを内職にしている人に頼んだら、どうにかズボンらしいものに仕立ててくれた。ただ生地が少ないものだから、裾が膝の下あたりになる。ずり下げられるだけずり下げて覆くしかない。・・・司会者の声でステージヘの階段を上がろうとして、最初の一歩でつまずいた。起き上がって再び前に出ようとしたらまた転ぶ。・・・(16歳)」[2]

 遠藤実は出奔し、流しで歌ったりしながら、25歳の「お月さん今晩わ」でヒット。以来、「からたち日記」、「高校三年生」、「星影のワルツ」、「北国の春」など数々のヒット曲を手がけました。人の心をゆさぶるこれら作品に、遠藤実自身の実体験が重なっていることは確かです(「高校三年生」を作曲した彼は貧乏で中学にも行けなかったが)。功成り名を遂げ、文化功労賞まで受けましたが、そこにいたるまでの経歴は波乱万丈、ドラマチックです。

 それに比べ、自分の半生のなんたる平凡さ、感性のにぶさ、と思うのです。たいした苦労や悩みもなし、さきの鉄道マンほどの感動を覚えることもなし、夢中になる趣味もなしに生きてきたのはいささかさびしい半生ではなかったかと。感性を養う体験が浅く、幅も広がらなかったなと思うのです。ぜいたくな悩みと知りながら。

 昔の小学校には、薪を背負いながら本を読んで歩く二宮金次郎の像が建っていました。子どもたちに、貧しい生い立ちから立身出世するお手本を示すねらいだったのでしょう。しかし、素直に受け取る子どもばかりではなかった。「・・・十五歳に足らぬわたしは尊徳(幼名、金次郎)の意気に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかったことを不仕合せの一つにさえ考えていた。……」[3]

 友人T君は、若い頃、先輩たちから「天成りT」とあだ名されていました。「天成りみかん」は木のてっぺん、枝先に成っているみかんのことです。声が大きくにぎやかで、愛される人柄のT君は、親や周りの愛情をいっぱいに受け、何不自由なく育ったように見受けられました。挫折を知らない、およそ陰がないように見えることからこのあだ名が付いたのでしょう。しかし、天成りみかんを調べてみると、商品としては最高でないということです。大果になっても皮が厚く、果皮が粗いので、早めに摘み取られることが多いそうです。ほどほどに日も差し、日陰にもなって育ったみかんのほうが良いらしい。。

 筆者にも苦労し、鍛えられたことがあります。それは製品不良と客先クレームでした。針のムシロに座ったことも、客先で罵倒され胃の痛みを覚えつつとぼとぼ帰途についてこともたびたびでした。そして、製造不良に向き合い、お客さんから逃げなかったことが、それなりに品質の向上につながり、お客さんをつなぎとめたと思っています。遠藤実の波乱万丈も、鉄道マンのロマンもなかったが、本やインターネットでは得られない貴重な体験であったと思っています。


[1] http://next.rikunabi.com/tech/
[2] 遠藤実「私の履歴書」(日経2006/6)
[3] 芥川龍之介「侏儒の言葉」


林間の木々。それぞれの戦略で共存する。

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