
JPCA NEWS 2007.6
格差とエントロピー
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足の向くまま多摩丘陵を歩くと、広い道路からほんの少し入ったところに、思いがけずひなびた集落があったり、防人や鎌倉武士が往来し、村人が隣村との行き来に使っただろう古道が伸びていてうれしくなります。このあたりは開発が進んでいるといってもまだまだ「点と線」、すこしはずれるとこんな風景が残っています。 ふと道端に目をやると、ゴミが捨てられている。見回すと、あっちにもこっちにも、廃家電、廃車、オートバイなどあらゆるものが捨てられている。心地よい散歩気分は一気に吹き飛んでしまいます。そして思う。大量にモノを生産すれば、同量のゴミが出る。ゴミは手をかけなければ散らばるもの。不法投棄も「エントロピー増大」の法則の表れかと。 エントロピーはもともと熱力学の用語。素人に温度や熱は実感できても、エントロピーはわかりにくい。わかりにくいところがカッコよさそうで、流行ったこともありました。 簡単に言えば、エントロピーは「秩序のなさ、乱雑さ」の指標です。そして、「エントロピー増大の法則」は、水は高所から下に落ち、熱は高温から低温に流れる、情報は送れば劣化する、世の中すべて放っておけば秩序は乱れる、ということです。筆者は昔、量子力学の祖、シュレーディンガーの「生命とは何か」[1]を読んで目からうろこが落ちました。エントロピー増大の法則にもかかわらず、人間の体温が一定に保たれているのはなぜか。それはマイナスのエントロピーを食っているから。食べるのをやめると死んで、エントロピーの高い状態(土)に還る、というのです。部屋は自然に散らかるもの。それが一番安定な状態だから。部屋をきれいにするには重い腰をあげて片付ける(マイナスのエントロピーを注入する)しかない。 日本、中国の間に交流があれば、両国あわせたエントロピーは必ず増大する。そして、一人当たり所得を温度に見立てると、日本の所得はいくらか下がり、中国のそれはいくらか上がる。 国内外で格差論争が盛んです。格差拡大の犯人は? グローバリゼーションか、ハゲタカファンドか、政府、自治体の政策ミスか、はては働く意欲、努力の問題なのか、議論は白熱しても収斂しない。どれも格差拡大をもたらした原因でしょうが、第一はグローバリゼーションと思います。しかし、どの国もいまさら鎖国時代にはもどれない。問題は複雑で、あちらを立てれば、こちらが立たず、誰が政権を取っても快刀乱麻とはいかないでしょう。フランスではサルコジ氏が大統領になりましたが、持論の働く意欲、努力だけで移民、若年失業問題を解決することはできないでしょう。 人はわずかな格差にも敏感なものです。しかし、どんな集団でも活動していればある程度の格差が生じるのは自然の理と筆者は思っています。どの程度の格差なら自然? 箱の中にガスが閉じ込められています。ガスの分子は自由に飛び回わり、ランダムに衝突を繰り返します。定常状態で温度が一定でも個々の分子の持つエネルギーはばらつきます。その分布はボルツマン分布と呼ばれ、形は指数分布です(図1)。この分布では低エネルギー分子ほど数は多いが、高エネルギーのものも少数ながら存在する。同種分子の衝突だけでこれだけばらつくのです。人間社会でも、同じ能力の人間同士が同じ条件で競争しても、最大この程度はばらつくのではないか。 |
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図1 ボルツマン分布(指数分布) 図2 所得金額別世帯数(累積度数)と指数分布あてはめ |
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図2は日本の所得金額別にみた世帯数の相対累積度数分布[2]に筆者が指数分布を書き加えたものです(図のI〜Vは全世帯を5等分した所得五分位階級別所得金額)。 図2を見ると、日本の所得格差はかなり大きいが、指数分布よりはばらつきが小さいことがわかります。低所得層の割合は指数分布から推定されるより少ないし、桁違いの高所得層も少ない。 大竹先生のコラムに「ピケッティ教授らは、税務データを用いて全体の上位0.1%という高額所得者の所得が国全体の所得の何%を占めるかという所得集中度の歴史的推移を国際比較した。 第二次大戦前は日、米、英、仏、カナダの五カ国とも所得集中度は高く、所得上位0.1%が全所得の6〜8%を占めていた。第二次大戦後、これらの国の所得集中度は低下し、どの国も所得上位0.1%の所得集中度は約2%になった。ところが、米国ではこの比率が80年代後半から上昇しはじめ、00年には7%を超えたのである。 こうした高額所得者による所得集中度の高まりは、英国やカナダなどにも観察される。一方、日本とフランスでは、高額所得者の所得集中度は第二次大戦後2%程度で安定推移し、その傾向は2000年代に入っても変わらない。」[3]とありました。 所得分布を指数分布として計算すると、上位0.1%が全所得に占める割合は0.8%になりました。この数字は上記コラムの6〜8%に比べて十分の一です。高所得者への所得集中は同種分子のランダムな熱運動からもたらされるエネルギー分布を大きくはずれ、やはり大きな格差のあることがわかります。原因は高所得者が異能(同種でない)なのか、競争が公正でないのか。 少数の高額所得者が莫大な所得を得るのは、不正がなければよしとしましょう。問題は低所得者です。図1に見られるように指数分布では低所得層が圧倒的に多い。そして、分子のエネルギーと違い、人は所得ゼロでは生きていけない。コラムでも「日本の賃金格差は中位と下位の間で拡大しており、下位の所得シェアの低下が大きい。日本の格差拡大は、低所得層の所得低下によって引き起こされている。」としています。 国際的に見ると、低所得層の問題はさらに深刻です。以下はある講演記録の抜粋です[4]。 「世界の人口問題は人類史上例をみない激変期を迎えている・・・。国際間では、先進地域で人口の自然減が広がり、人口急増がとまらない発展途上地域との格差がさらに拡大している。 同じ国のなかでも、都市と農村の地域間で過密化と過疎化が加速し、しかも途上地域の都市内部では、スラム人口が不気味に膨れ上がる。人口過剰国から先進国へ、農村から都市へ、歴史上例のない大量の人口移動がはじまった。」「世界中のスラムに住む人口は10億人を超えた。・・・スラムの爆発地点は、サハラ以南アフリカ、南アジア、そして西アジア。都市人口に占めるスラム人口の割合は2005年時点で、アフリカ71.8%、南アジア57.4%、・・・スラムの人口増加率は、アフリカ4.53%、南アジア2.2%、等。アフリカでは20年たらずで倍増する・・・ 世界人口のうち都市居往者は、2007年中には50%を超える見通し。だが、都市の膨張部分の大部分が、発展途上地域のスラム人口の増加である。 人口過密国から過疎国へ、所得の少ない国から多い国へ、雇用の少ない国から高い国へ、と人口が移動するのは当然の成り行きだ。・・・発展途上地域から先進地域に移動する移民人口は、年平均で220万人。受け入れ国は米国が最大で年間110万人、ついでドイツ、カナダの20万人、等。送り出し国は、最大が中国の33万人、メキシコの29万人、インドの24万人、フィリピンの18万人など。」 日本では少子高齢化による労働力不足を補うため、外国人労働者の受け入れをどうするかの議論が白熱しています。日本では表向き単純労働者の受け入れは禁止ですが、研修目的を名目に低賃金労働者として外国人労働者が多数雇用されています。その数約9万人。一方、政府は国際競争力を高めるため、専門知識、技術分野の「高度人材」は受け入れを増やしたいとしています。小子化が日本より速い韓国も、大量受け入れで苦労したEUも、単純労働者は規制、高度人材は優遇の政策を取っていますが、そんなに都合よく機能するものか。長い目で見ると人口移動の圧力には逆らえず、いずれ日本でも外国育ちの単純労働者が定住し、その2世、3世から高度人材も育ってくるのだと思います。 |
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| 大和古道(平城山のみち)。古道を守るには持ち帰る勇気と拾う努力(マイナスエントロピー)が必要。 | ||||||||
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