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JPCA NEWS 2007.8

駕籠に乗る人、担ぐ人

 両腕に7つの関節を持つロボットが開発された[1]。それを操って人間並みの動作がさせられるということです。自動車工場にはすでに導入が始まり、将来は家事や介護の用途に活躍が期待されているとのこと。ロボットに高度の運動の自由度を持たせ、かつ小型につくることは、人の作業を置き換えるには欠かせない条件でしょう。しかしそれは第一歩。たくさんの機能を協調して働かせ、なめらかな動作をさせるのは容易なわざでない。ロボットの制御ソフトは小型多関節のハードを作るよりずっとむずかしそうです。

 筆者の7つの関節は一応満足ですが、連携動作がうまくないのでワザの要るスポーツは無理。持久力はそこそこなので専ら歩いています。先日、仲間から「よろけている」と指摘されてちょっとショックでした。ときどきふらっとするのは自覚していて、気をつけているのですが、はた目にもそう写るかと。

 歩きながら首筋に手を当てると、首の筋肉が歩くリズムにあわせて動いているのがわかる。歩行には手足の筋肉だけでなくからだ全体の関節、筋肉を使っているのです。ほんとうにヒト並のロボットをつくるには、両腕7関節のロボットでも足りなさそうです。ロボットがさらに多関節化したら、その制御ソフトはどうやって開発するのでしょうか。

 ロボットもゲーム機も携帯もますます複雑多様かつ巨大化したソフトが必要になっています。プレステ3はダントツに高機能なハードが売り物ですが、機能をフルに活用するゲームソフトの開発には100人もの開発要員と20億円もの費用をかかる。その結果、80万本くらい売れないと採算が合わないとか。

 年金システムのような巨大システムのソフト開発に巨額のコストがかかるのはやむを得ないとしても、複雑、大規模でもユーザーが限られる用途向けのソフトを絶え間なく開発していくのはどの企業にとっても大きな負担でしょう。小学生から高齢者までケータイを手にしていないと不安、というひとが増えています。しかし本来の電話としての使用は減って、メール、カメラ、データ通信、音楽、ワンセグなど汎用端末としての使用が広がっているようです[2]。携帯会社は次々新しいサービスを提供して収入増を図りますが、それは使い道が細かく分散することでもあり、サービスごとの収入は下がってくるはず。使われ方の少ない新機能、高機能のためのソフトに大きな開発コストをかけるのは採算的に大変だろうなと想像します。

 かくしてメーカーのソフト開発負荷はうなぎのぼり。日本にソフト開発要員が50万人もいても、なお15万人ほど足りず、不足を補うために急速なアジアへの開発シフトが進められています。表はNEC、富士通の計画で、海外ソフト要員を2,3年で国内開発要員と同規模まで拡大するとしています[3]


開発要員(人) NEC 富士通 分業例
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 日本 ― ― ― ― 携帯、デジタル家電制御ソフトの基本設計
 中国 4,000 → 7,000 1,000 → 2,000 漢字対応の操作画面
 インド 1,000 → 2,000 3,000 → 10,000 複雑な制御部分
 東南アジア 若干名→ 1,000 ― ― ソフト試験

 表を見て思うのは、「日本のものづくり」はどこにあるのかな、ということです。制御部分、操作画面の設計と試験まで海外となれば、ソフト開発の実作業のほとんどすべてではないか。「ものづくり」は実作業の中においてこそ生きるもの。これに対し、基本設計は本来コンセプトの世界です。新製品の成否はコンセプトにかかっているともいわれるが、クルマなど競争力のある日本製品は「コンセプト+きめこまかいものづくり」で優位を保っているのではないか。日本がコンセプトと才覚だけで欧米やBRICSと対等に競争していくのは難しいのではないか。競争力は「コンセプトと品質」で決まり、品質は「ものづくり」で支えられる。そして「コンセプト」と「ものづくり」のベクトルは向きが違うと筆者は思っています。

 コンセプトをありがたがるのはほどほどにしたい。以下は友人の話。「ある高名な建築家から大手ゼネコンに設計の依頼がきた。設計仕様書として渡されたのはたった1枚の建物完成予想図。構造設計から細部の設計に至るまで下請けに丸投げ。その設計が建築家の設計としてゼネコンに渡され、先生の設計になる建築物として建てられた。」  日本の国際競争力の源泉は「ものづくり」、ということにはだれもが賛成します。しかし、ものづくりの道に進もうという若者は少ない。理工系の志願者は急減し、工学部でもかつて一番人気の電気系はいまや最低とか。

 一方、インド、中国、ベトナムなどアジア諸国は国策としてシステム技術者を育成しています。日本やアメリカは当面はこれらアジア諸国の若い技術者に依存していけるでしょうが、その先どうなるか。アジア諸国の有能で才覚ある技術者はいつまでも基本設計は日本、自分たちは下請けという立場に甘んじているはずがない。いずれひと旗揚げて、日米と競争することになるでしょう。

 海外シフトに向かうメーカーの苦衷はわかります。要するに日本では人を集められないからです。若者はITをフルに利用していても、意識は「きみ作る人、ぼく食べる人」でITを作る世界に入っていこうという人は少ない。魅力ある仕事、就きたい仕事に見えないのでしょう。「ものづくり基盤技術振興基本法」なる法律ができ、識者が「ものづくり」の重要性を説いても若者にアピールしていない。若者には「ものづくり」はカッコいい、やりがいがある、名誉である、一生の仕事に値するとは見えていないのでしょう。しかし、それは若者の責任ではない。問題は「育てる、そして尊敬する」ことをしない社会の風土にあります。それは政治家についてもいえる。

 「閣僚の相次ぐスキャンダル・・・事務所経費の水増しも、発覚した閣僚個人に限られた問題とは考えにくい。政治家の資金難という一般的問題の氷山の一角。

 政治家の収入は民間の企業経営者に比べ高いとはいえない。しかも、いったん選挙に落ちればタダの人であるだけでなく、一度政治家になった人を雇う企業はない。

 このようなリスクの高い職業に優秀な人材が集まるはずはない。世襲批判を問題視する声もあるが、政治の世界に、外部から優秀な人材の新規参入を引きつける魅力がないことの反映でもある。・・・政治家のレベル低下は国民意識のレベル低下の問題でもある。」[4]

 森は地面まで光が差し、草や地衣類が生え、潅木が茂らないと荒れる。特にヒノキ林がひどいそうです。「枝が密集しても自分で枯らして落とすことをせずひたすら密集を続け、その結果、枝と葉がコウモリ傘のように光をさえぎり、昼なお暗くなって草も地衣類すらも生えない。[5] 」ヒノキ林も十数年に1回間伐すれば砂漠化は防止できる。尾鷲のヒノキ林は数百年こうして守られてきたそうです。

 日本は「電子材料王国」といわれますが、それを可能にしたのは泉谷氏によれば長期の開発に耐えられる日本企業の体質です。なにせ日本には100年企業が5万社あるが、中国には198社、韓国には5社しかないという[6]

 アイディアに執着する変わり者を切り捨てず、我慢しながらつづけさせ見守る企業の伝統があってこそ新しい材料が日の目を見るのです。

 「箱根山、駕籠(カゴ)に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋(ワラジ)を作る人」は、世の中、カゴに乗る人だけで回っているのではない。ワラジを作る人まであって成り立っていることを言っています。故竹下首相がよく口にした言葉だそうですが、日本のものづくりはワラジを作る人にまで目を向ける伝統の上に立っているのでしょう。

 ソフトウェア開発やパターン設計は多分カゴに乗る人ではない。しかしその人たちにも日の光を当てないと、一見みごとなヒノキ林も一気に荒れ果てるのではないかと懸念されます。


[1] 「七軸双腕ロボ」(朝日07/7/20)
[2] 「携帯 ほぼ通話せず4割」(朝日07/7/22)
[3] 「ソフト開発 アジアで分業」(日経07/7/14)
[4] 「政治家を育てる風土」(日経07/7/21)
[5] 藤森照信「豊かな針葉樹の森」(日経07/7/23)
[6] 泉谷渉「半導体産業の新トレンドとニッポン電子材料の爆裂」(化学工学会シンポ07/7/20)


旅の費用(概略) ワラジ1足500円(寿命1日)、駕籠4キロ1万円

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