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JPCA NEWS 2007.11

目線と景色

 何人かで山を歩くと、それぞれ目の向かうところが違うのがおもしろい。目ざとくきのこを見つけて林の中に走っていく人、道のわきに咲くごく小さいすみれの花に目がいく人、ぼやーっと遠くの山の峰を眺める人。

 あるとき、友人が「赤ん坊がハイハイしながらゴミを拾う。大きいのには目もくれず小さいゴミばかり拾う」といっていた。アリが小石や木の根っこをよじ登ったり、迂回したりしながら歩き回っている。アリが眺める景色は私たちに見える景色とはまるきり違っているでしょう。

 「木を見て森を見ず」というが、漫然と森を眺めているだけでは植物の微妙なつくりの違いは見えないし、森全体を理解することもできないでしょう。

 NHK「ためしてガッテン」で、動物園の楽しみ方の秘訣として檻の動物全頭を漫然と見るのではなく「1頭に注目する」というのがありました[1]。なるほど。人を群集として見るのではなく、個性のある一人ひとりとして見てこそ人が理解できるのです。

 「何でも見てやろう」やベ平連など市民運動で有名な小田実が亡くなりました。小田実は恵まれない人の立場に立って権力に抵抗する姿勢を生涯貫いた、目線が低く行動力のある作家でした。手元のスクラップをひっくり返していたら昭和49年の小田実・石原慎太郎の対談が出てきました[2]。当時、二人とも42歳の若き政治家、活動家でした。以来30年以上経つて、2人の姿勢は全く変わらない。

 「小田:あなたは田中角栄を追い出せといっている。わたしもそれに賛成するよ。しかし同時にわたしは自民党にも出て行ってほしいわけよ・・・
 石原:あなたのいっていることは、所詮ドロップアウトの発想。それじゃ物事は何も目に見えて変わってこない。世の中の変化というものは、小さな石を一つずつ積んでいくということ。そういう作業から自分を離してしまったら何も物事はできてこない。・・・
 一つの工場は、一番なかで機械を操る人間、上で帳簿をつける人、窓を拭く人がいてはじめて工場として動く。
 小田:窓拭きを職業にしている人間にも、人間として生きる権利があるだろう。機械を操作している人間にも。そういう人間として生きる権利が奪われてしまっているということをいっているんだ・・・」

 延々と議論はつづきますが、最後に、

 「小田:オレは、アナタを見捨ててないからね。
 石原:オレもそうなんだ。最初に小田実を認めたのはオレなんだから。こんなむくつけき男だけど、美しいんだよ。だから好きなんだ。大江とか、開高にくらべて、よっぽど純だよ。バカだもの、おれと同じように・・・」で終わっています。小田実の目線は低く、石原慎太郎の目線は高くても友情が通っていた。

 別のところ[3]で小田実は、「移民の国・アメリカには、昔から自分たちの国の社会を『人種のルツボ社会』だとする考え方がある。ルツボは回りながら物質を熱で溶かして絞り出す。いろんな国から来た人間を、みんな一緒に、一つのルツボに入れて、ガチャガチャかき回し、こねくり回して、『アメリカ人』に仕上げるのだ。・・・
 「ルツボ社会」とは違う社会の考え方に『サラダ社会』というものがある。サラダは材料をこねくり回さない。レタスにはレタスの個性があり、トマトにはトマトの価値がある。ハムにもタマゴにもそれぞれのうまさがあり、それぞれの持ち味があり、それらが互いに認め合い、全体が集まってサラダを構成している。
 障害のある人々や高齢者はこのサラダ社会でなければ生きていけない。ルツボ社会では力の強い者がルツボを回し、弱い者ははじき飛ばされる。戦争になったら殺し合いに役立たない人間は真っ先に切り捨てられるのだ。・・・」

 藤本先生の「日本のもの造り哲学」[4]がおもしろかった。著者はものづくり研究の大御所ですが、本のはじめに目線の話が出てきます。。

「私の専門は生産管理や技術管理、すなわち「もの造り現場」の経営学。いわば、高度10メートルの高さからものを見る学問。つまり、工場の天井裏から現場を覗く、というぐらいの高さが私の学問の基本なのです。
 その高さからは、工場の全体の流れが見渡せます。ものはスムーズに流れているか、在庫はどこにいくつたまっているか、というようなことは見えますし、さらには、働いている人たちが楽しそうに働いているか、そうではないか、というぐらいのことは分かる。
 私はあくまでも外部から来て現場を見る学者だから、完全に現場目線そのもの(=高度1.5メートル)だというのはおこがましい。工場の実地調査ではもう少し高いところの目線を意識するようにしています
 いずれにせよ、私が専門にしているのは、高度数万メートルから日本列島を眺める日本経済論や、高度数百メートルから企業全体を俯瞰する経営戦略論ではありません。むしろ、細部にこだわるが、時として木を見て森を見ない傾向のある学問領域であります。しかし、その高さから見ているからこそ、見えてくるものもあるのです。・・・」

 藤本先生はかねて日本企業の特色は「擦り合わせ型」にあるといっています。日本の自動車産業の国際競争力が高いのは、いいクルマの開発・製造に必要な擦り合わせが日本企業は得意だからというのです。「擦り合わせ」の対極は「組み合わせ」です。パソコンは市販の部品を組み合わせるだけでできる。こういう製品はどこででも作れるから、労務費の安い中国などにコスト的に太刀打ちできない。ここまではよく聞く議論。ユニークなのは、擦り合わせ技術、ものづくり技術が得意な日本企業がその割に儲からないのはなぜか、日本の比較優位はどこにあり、今後どの方向に展開していくべきか、まで議論を展開しているところだと思います。藤本先生は「組み合わせ」を「モジュラー型」、「擦り合わせ型」を「インテグラル型」と呼んでいます。さらに「モジュラー型」を「オープン・モジュラー」と「クローズド・モジュラー」(社内共通部品を寄せ集めて完成品をつくる)に分けています。

 この本は「中国との戦略的つきあい方」などもおもしろいのですが、以下「企業のアーキテクチャ(製品・工程の構成)と戦略」について紹介します。

 図は藤本先生による企業の2×2の分類マトリックスです。左上は自社もユーザーも擦り合わせ型製品、右上は自社は擦り合わせ型だがユーザーは組み合わせ型、左下は自社はモジュラー型だがユーザーは擦り合わせ型、右下は自社、ユーザーともにモジュラー型企業という分類です。

 そして、藤本先生の見るところ、中、外共にインテグラル型の企業(左上)はひたすらもの造り技術を追求していく「体育会系」であるが、なかなか収益に結びつかない。一方、中、外共にモジュラー型の企業(右下)は欧米、中国などとの差別化が難しく、規模、体力勝負になる。自社の擦り合わせ技術によって汎用製品を作っていく(右上)か、汎用的な技術をうまく組み合わせて幅広いインテグラル企業のニーズに合わせていく(左下)の戦略が必要なのではないかと説いています。

 「『擦り合わせ大国日本』で愚直に能力構築競争をやってきた企業にとっては、『中インテグラル・外インテグラル』という土俵は、いわば自社のもの造り能力を鍛えてきた『道場』だった。ここで鍛えたからこそ今の現場力があるといっても過言ではない。仮に儲かっていないとしても、『体育会系の戦略論』でいこうという日本企業は、このセルから逃げ出してはいけないが、このままでいいともいえない。100%『中インテグラル・外インテグラル』ビジネスに依存している会社というのは、いわば『道場に籠って出てこない会社』。せっかく能力を蓄えているのだから、それを活用して、他のセルへ打って出てもうすこし儲ける、という戦略展開があってもいいはずです。」


   【外】顧客のアーキテクチャ(製品・システム)
 インテグラル  モジュラー(オープン)
 
 【中】
 自社のアーキテクチャ
 (製品・工程)
 インテグラル
 
 自動車部品の多く
 オートバイ部品の多く
 ベアリングの多く
 他多数
 インテル
 シマノ
 村田製作所
 マブチ、他
 GE
 デンソー
 キーエンス
 ローム、他
 DRAM
 汎用樹脂
 汎用鉄鋼製品
 他
 モジュラー
 (オープン)


図 アーキテクチャの位置取り戦略

 日本のプリント板産業は一部有力企業を除き、『中インテグラル・外インテグラル』の企業が多いと思います。道場で鍛えた能力を活かして他のセルに打って出るどんな戦略がありうるでしょうか。


[1] 「大満足!動物園サプライズ体験術」(NHK「ためしてガッテン」2007/10/17放映)
[2] 石原慎太郎、小田実「激論 ニッポン大修理」(文芸春秋1974/4)
[3] 小田実「サラダ社会をつくろう」(「福祉のひろば」2004/10)www.odamakoto.com/
[4] 藤本隆弘「日本のもの造り哲学」(日本経済新聞社2004/7)

早春の尾瀬。目線の低いところにミズバショウ、目線を上げると燧ヶ岳。

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