JPCA Home / Back / Menu / 前号

JPCA NEWS 2008.4

競争の行方

 筆者はNHKの囲碁番組をDVDレコーダーに録画して、後から「倍速」で見ています。これだと100分番組が50分で見られます(仲間の一人は「3倍速」で見るという)。 DVDレコーダーは便利な機械です。予約録画しておけば見たいときに見られる、CMを飛ばせる、など。しかし、録画は簡単でも、それを見るのに時間がかかる。じっくり見ていたら他のことが何もできません。結局、録画が溜まってレコーダーがあふれ、見ないまま削除することになります。

 以前、「24時間、目いっぱい活動する人は有意義な人生。その活動を24時間密着取材し記録する人もまた充実した人生であろう。しかし、人の記録ばかりを24時間見て終わる人生とは何だろう」という趣旨のコラムを読んだことがあります。テレビ、ビデオもほどほどにしたいものです。筆者は現在のDVDに特に不満はありません。2時間映画1本をDVD1枚に入れたいぐらいか。

 ところが、これまでのDVDの10倍以上の容量をもつ「次世代DVD」というのが登場し、規格をめぐって熾烈な競争を演じました。開発の当事者はブルーレイ(BD)陣営のソニーとHD-DVD陣営の東芝で、それぞれ規格の仲間を増やすべく激しく争いました。その結果、東芝が敗れて次世代DVDから撤退しました。東芝はこの競争で1100億円もの損失をこうむったといいます。2007年度東芝の連結売上げの1.5%、営業利益の43%にも達する巨額の損失です。こつこつと「ものづくり」「改善」で数%の収益向上を達成しても、あっという間に数百億、千億の損失がでるというのは怖いことです。

 両陣営のシェアは昨年段階ではほぼ互角だったのが、年末商戦でなだれ的にブルーレイに傾き、HD-DVDのシェアは1割程度に落ち込んだといわれます。1月初め、米ワーナー社が今後はブルーレイ規格のみサポートすると発表して以降、東芝の撤退がささやかれていましたが、最終的に2月19日、東芝からHD-DVD撤退が発表されました。この間の消費者の「なだれ的な反応」についてのおもしろい実験結果が報告されています[1]

 「・・・東芝が全面撤退を表明する直前の2月8日〜13日にかけて、約3000人のモニターを対象にインターネット調査を行った。モニターをA、B2つのグループに分け、まず、両グループに共通して、家電製品を買うときどんな点(価格、性能、評判など)を重視するかなどを尋ねる。その後、両方の規格についての説明を読んでもらってから、もし今、新世代DVDレコーダーを購入するとしたらどちらの規格を選ぶかと尋ねた。ただし、この最後の質問では、Bグループ(実験群)には、『この調査は約1000人を対象に実施しており、あなたはX番目の回答者で、これまでの回答者はこう答えている』とリアルタイムでカウンター表示し、それ以前の回答者の中でBDとHD-DVDを選んだ人数と割合を知らせた。一方、Aグループ(統制群)にはそうした追加的情報を与えず、どちらの規格を選ぶかだけを尋ねた。つまり、Bグループでは勝ち馬に乗ろうとすれば乗れるが、Aグループでは勝ち馬に乗ろうとしても乗れない状況を設定した。・・・」

 以下はその結果の抜粋です。


 ブルーレイ優勢の流れの中、他の回答者の動きを知ることができるBグループでブルーレイを選ぶ人が大幅に増えています(回答数が多いのでこの差は十分有意)。なだれ現象が起こっているのです。

 「勝ち馬に乗る」には「付和雷同(主義主張を持たず、人の言動につられて行動する)」のイメージがあって好きでありませんが、筆者は上記Bグループの行動は十分合理的と考えます。実際、おおかたのユーザーにとってはどちらの方式でもかまわないのです。筆者は両規格の対比表を見てみましたが、一般ユーザーにとって使い勝手がどう違うのかわかりませんでした。大多数のユーザーが心配するのは多分、買ったDVDレコーダーが、@欠陥品でないか、A早々に消えてなくならないか、の2点だけではないでしょうか。このうち、不良品をつかまされることについては、東芝もソニーも逃げ隠れしない信用のおけるメーカーであり、たまたま不良品に当ってもきちんと面倒を見てくれるはずです。従って、ユーザーの心配は、唯一、メーカーが途中で投げ出すことです。マイナーにとどまっていても永く生産を続けてくれれば文句はないでしょう。

 しかし、人間の社会でも、生物の世界でもマイナーのまま生き残ってメジャーと共存するというのは容易でないようです。最近、「群集生態学」が人気といわれます。生態学の一部門で、複数の種の間の係わり合い、競争や共存を研究します。

 筆者はその一書に沿って簡単なシミュレーションをしてみました。この本では「競争関係にある2種の生物が同じ場所に生息する場合には、少なくとも一方の種の増加率が負の影響を受ける。この状態がつづけば、やがてどちらかの種が排除されるかもしれない。2種が共存できるのは、どのような条件のときだろうか」として、Lotka-Volterraモデルを紹介しています[2]。そのモデル(注)の中には競争係数α1, α2というパラメータが出てきます。α1はグループ1の個体数が1増えると、グループ2の個体数にどれだけマイナスに影響を及ぼすかという係数です。α2はグループ2のグループ1に対する影響です。筆者はこの式が2つのブランドA、Bの競争モデルにも使えると仮定し、それぞれの競争係数を少しだけ変えて計算してみました。A、Bの競争係数を1.1と1.0とした場合(図a)、最初のうちは両ブランドほぼ同じパターンで売上げが伸びていきます。それがある段階で急にブランドBの売上げが減少しはじめ、劇的にシェアを失っていく様子が示されます。ブランドA、Bの競争係数を0.7、0.6と少し低い数字に設定する(ブランド間の干渉がより小さいと仮定する)と(図b)、両ブランドはシェアに差はあっても安定して共存することができます。このモデルは生物種間の競争では確かめられていて、「生態的に類似した2種類は同じ場所に共存できない法則(競争排除の法則)」と呼ばれているそうです。


 生態系のモデルを次世代DVDの競争にあてはめるのは乱暴でしょうが、今回のDVD競争は一般ユーザーから見れば、同じ土俵での似たもの同士の競争だったように思います。いずれどちらかが消える運命にあったのでしょう。東芝撤退時点で20%ほどの消費者はHD-DVDを持っていたそうです[3]。行き着くところまで行く前になんとか調整がつかなかったものかと残念に思います。

 このような、動き出したら止まらない「なだれ現象」は政治、経済の世界にも、自然界にも見られる非線形現象です。デジタル回路の0から1への跳躍も、ミクロで見るとアナログ世界のなだれ現象が起きているのです。そして、グローバル化で政治、経済のゆれの振幅は年々大きくなり、世界を不安定にしています。

生態学に限らず、似たもの同士で競争するときは、@違いをはっきりさせるか、A別の場所で競争するかしかないようです。さらに、グローバル化でテリトリーを分け合うことが難しくなった今日、生き残りは製品の差別化しかないのでしょうか。


[1] 河野勝、荒井紀一郎「なだれ現象が行動を左右」(日経08/3/4)
[2] 宮下直、野田隆史「群集生態学」(東京大学出版会2003/2)
[3] 「値下がり待ちが過半数」(日経08/3/24)

(注)

ししおどし。水の流れは一定なのに、周期的に音をたててなだれる。

JPCA Home / Back / Menu / 前号

社団法人日本電子回路工業会
JPCA-Japan Electronics Packaging and Circuits Association